2016年9月25日日曜日

一人ではなかったからなのです。(ヒカリちゃん②)

譲渡会でのヒカリちゃん、
いつもはお転婆なのに・・ビクビク(^_^;
お話しは続いております。
ヒカリちゃんの保護をした日は6月の3日(たぶん)です。
ヒカリは命はなんとか繋がったものの危うい日々を過ごしていました。
仕事終わりで猫の先生のところに走り、輸液に注射にととにかく必死でした。

今思い出すだけでもクラクラくるのですが、
ピアノとなるとを保護できたのが6月の5日です(たぶん)。
もともとこの子達は私が必ず保護する!と決めてた予定の子達でした。

諦めませんでした。諦めなくて良かった、倒れなくて良かった私、と自分で自分を褒めるという・・・

保護られホヤホヤなるとちゃん、
健康で何より!保護主孝行な2匹でした^^

予定外だったのが、5月の下旬のみずほ母さんと5ニャンコ達、そして
ヒカリちゃんだったのです。

みずほ母さんと5ニャンコ
スクスク育ってました^^

苦しいながらも楽しい我が家、
ヒカリちゃんは瀕死の状況ではありましたが、
スクスク育つ仔猫たちは癒やしでもありました。
あの頃の自分の毎日を思い出すと、何をどうやってやっていたのか?
今もハッキリ思い出せないと言う・・・(苦笑)

とは言え、これは私の持論で絶対ではないのですが
(中には「否!」と思われる方もいますのでね、人それぞれと言うことで、ね)
保護したからには精一杯やるのですが、人の色々な大切な予定や行事は予定通り、
やはり人間が1番でなくてはなりません。
予定してた事は中止にせず、やってきました。
それは保護猫ちゃんのみならず、うちの子達とて一緒です。(大切な花火の最期の方も私達は予定通り猫の先生に託し旅行に行きました。ギリギリ看取る事が出来ましたが・・・。後悔してません。)

6月、それは我が子の誕生日があります。
こんなにワンサカと猫ちゃんを保護する予定ではありませんでしたので、
子供が行きたい!USJにホテルを予約してありました。
そして大阪には会いたい友人とコトラちゃんもいます。
たかが大阪と名古屋、されど大阪と名古屋、そうそう行き来は出来ません。

私達は予定を変えず、覚悟をもって出発します。
行く寸前に猫の先生に輸液と注射をしてもらい
ペットシッターをしている友人に全ての猫を託し、
もしヒカリに何かあったら猫の先生のところへ走って欲しい、間に合わなければ温かくして寝かしておいてくれればいい、とお願いして。

ある程度覚悟をしていました。ヒカリに何かあってもそれが寿命でそれが運命だと。
それくらい厳しい状況で、それでも私達は人間の子の誕生日にUSJに連れて行ってあげることを選びました。

お留守番のヒカリちゃん
よく頑張ったね!

「大丈夫だろうか?」と道中何度も夫と話しました。
でもここは振り切って、息子の為に楽しんで帰ってこよう。会いたかった友人とたくさん話をしよう、と確認し合いました。

シッターの友人からのラインを怖々開いていました。

ところが(と言うのも変ですが)届くラインは、とても明るい内容で
「大丈夫だよ〜!」と全ての猫ちゃん達の写真付き。
どう見てもヒカリだけは大丈夫な様子には見えませんでしたが、彼女に任せたのだから、彼女が大丈夫と言っているであれば、と大阪を楽しむことに専念しました。

友人は大変だったと思います。我が家の子だけでもけっこうな注文なのに、
仔猫に仔猫にこれまた仔猫・・・。
5ニャンコは離乳食がはじまり、ピアノ&なるとは目薬が必要で、
そしてヒカリは、死んでしまってもおかしくないような状況で・・・。
ご飯は自力では食べず、ad缶を人の手で口の中にねじ込むような食事風景。
私が普段やっているとは言え、プロのシッターさんとは言え、間違いなく大変だったと思います。

でも3食とも「み〜んな大丈夫だよ〜」しか大阪にいる私にはラインは来ませんでした。

ヒカリだけは大丈夫な訳はなかったのに。本当だろうか?と頭によぎりつつ
それでも子供の笑顔の為に違う意味でUSJで頑張る私達でした(苦笑)。

私達は大阪から戻ってすぐに現実に戻り、猫たちと対面。
私はドドドドド〜と2Fに駆け上がり、ヒカリと対面します。

ヒカリはケージの中で観音座りをして、こちらを見上げていました。
まだまだ危ういヒカリですが、ご飯も食べていたとの事でした。
「うそみたい」
座っているヒカリを見てウルウルしてしまいました。
うちの坊主の誕生日がヒカリの命日だなんて耐えられない、と怖かったのです。

ヒカリ、よく頑張ったね。

そして私は首をかしげます。
あんな瀕死な状況だったのにヒカリは確実に良くなっている。
丁度良くなっていく時だったのだろうか?とか考えました。
私は友人に「ヒカリどうだった?こんな元気になってきているなんて、どうして?」とききます。
そこで又、愕然として涙をポロポロこぼすことになります。

シッターである友人は、ヒカリを見た瞬間に「これはやばい」と思ったのだけど、とにかく温めてあげようと長い時間ヒカリを膝の上に乗せて人の体温で手のひらを使って
ずっと温めてくれていた、と言うのです。
そうすると自力で食べ始めた、と。
どれくらいの長い時間、一緒にいてくれたのだろう。
彼女はニッコリ「USJ楽しかった?天気が良くて良かったね〜」と言います。
そして「Rさん、毎日こんなに大変なんだね・・」とも。
グッときてしまいました。これが泣かずにいられましょうか?

しんどかったです。ずっと。
猫ちゃんの事もそして人間の子供の事も、全てが中途半端なような気がして
いつもいつも何かに追われて息つく暇もないような日々の中、私は子供のためと言いつつ一緒にちゃんと自分も息抜きが出来ています。
だから潰れずやってこれたとも言えます。

それは、
私は一人ではなくって、誰かがそんな時間を私をくれている、ということを
実感しました^^
ヒカリが気づかせてくれたことは山盛りあります^^

そして、その時を境にヒカリはどんどん自力で食べられるようになります。
地道な目薬でくっついていた目も不完全ながら開いて来ます。(この辺はやっぱり猫の先生はすごい!です。ヒカリのパッチリお目々を見る度に奇跡を見せつけられているような気持ちになります。)
輸液がなくても注射がなくても大丈夫になり、猫の先生のにもワクチン以外では走らなくなります。

そしてヒカリは、普通にお転婆な可愛い仔猫となります。

普通にお転婆な仔猫になったヒカリ
ちょっと涙目だけど。
そして、
普通よりちょっとお転婆だと言うことがわかってきます。
どんどん元気になり、ケージの外で過ごす時間が増えてきます。
譲渡会にだって参加しちゃいます。ちょっとビクビクします(笑)。

早々に里親さまが決まったピアノとなると、
いろいろありつつ、ちょうど可愛らしい盛りで里親さまの元に行くことが出来たみずほ母さんの子5ニャンコ、
遅れを取りましたが、ヒカリちゃんもここから幸せの赤い糸をたぐり寄せてくれるはずです。
平坦ではなかったここまでの道のりです。

幸せになって欲しい気持ちをいっぱい詰め込んで、今日も元気にすごすヒカリであります。

ヒカリちゃん、絶賛里親さま募集中
ペットのおうち
いつでも里親募集中

9月中旬に避妊手術をしまして、「お利口だったね」と先生に褒められました^^
抱っこする先生の手をケリケリしてましたが(苦笑)
是非ともヒカリに会いに来てやって下さい。
よろしくお願い致しますσ(^^)

ヒカリが本気で遊ぶとき、寝ている私や子供、他の猫ちゃんの背中なんぞは飛び石みたいなもので(あっタケシ城って知ってます?笑)、夫に至っては静止画でヒカリのことを捉えられない程です(呑んでるから、と老眼だからですわ、笑)。

あの半死の状況の頃を
あの苦しかった瀕死の状況を看てきた私は、
ヒカリに顔の上で踏み切られ、キズを負っても、それでも幸せを噛みしめるドMな夜を過ごしております。
ヒカリの未来に幸あれ!です。


ふく君(我が家ではコカゲ君)ペロッと舌だし^^
そして里親さまから嬉しい写真を頂く幸せ者の私であります。
「今日で3年になりました」と私がお届けしたその日にこうして写真を送って下さるというにくい演出をして下さるというMさん。
いつもありがとうございます!あの日のことはずっと忘れず覚えていますよ〜

里親さま、全てに感謝感謝です^^











正しいのは誰?間違っているのは誰?(ヒカリちゃん①)

ヒカリちゃん♀生後5ヶ月くらい
ペットのおうち
いつでも里親募集中
宜しくお願いします〜
「これで良かったんだろうか?」「何が正解だったのだろうか?」と
いうのは、よく思うことでして、

猫ちゃんを保護する全部の人達が、問題を抱えた子や命に関わる子はともかくとして、
呑気にとりあえずポンポンと猫を保護しているわけではありません。
皆、自分の許容量や自宅での我が家猫のこと、もちろん経済的なこと、いろ〜んな事を鑑みて、出来たら出会いたくなかったけど、出会ったんだから保護しましょう、頑張りましょう、とグッと腹に力を込め保護しています(と思われます)。

その中にあって、
特に私のように意志の弱い、情に流されやすいタイプの中途半端な奴は(人に言われると泣いてしまうのだが、自分で言う分には平気^^)
保護した後に、上の様なことをよく思ったりします。

この初夏は、千客万来でした。
もともと私は前ページに書かせて頂いたピアノとなるとを保護すべく、虎視眈々と捕獲器を借り、待ち続けていたのですが、
その間に
M区のみずほ母ちゃん(ある程度場所が確定されてる・・・)と5匹のヘソの緒がついた胡達を保護し、
子ども達がたくさん遊ぶ公園の滑り台
階段の下に、必死で生まれたての仔猫を守る
みずほ母さん
この子たちの事はそのうち書かせて頂きますね。

その後すぐに子供の学童保育にお迎えに行った際に「ヒカリちゃん」と遭遇します。

「非常にやばい状況」のヒカリちゃん
若い女の子が二人、この子を箱に入れてミルクを置き、「誰か拾って下さい」と古典的と言えば古典的なやり方で、まさにヒカリを遺棄するところでした。
そこに私、このおばさん(人に言われるとムカッと来るけど自分で言う分には平気)
が登場してしまう、という事になります。

その子達が言うには、この酷い状況の猫ちゃんと見かけてしまい、このままでは死んでしまう、と近くのホームセンターに段ボール箱とミルクとタオルを買いに行ったのだとか・・・。
自分たちが飼ってあげたり、獣医さんに連れていってあげたり、命を救うのではなく、又何処かの誰かに丸投げするために、再度捨てる、と。

「猫ちゃんを遺棄したら犯罪だからね。最後まできちんと責任もって面倒が見られないのであれば中途半端な手出ししてはいけないよ。」と言う私に、
電車通勤で今から電車で帰るところだから、私達ではどうしようもない、学童の真ん前に置いていいだろうか?ということで
「いいわけないでしょう?」という私、

ホント呆れてしまったのです。子供ではないのですから。

しかしながら、ではどうすれば良いのだろう?

私とて口で言うほど猫保護に長けている訳でも何でもなく、
時間が有り余っているわけでも、お金が有り余っているわけもではなく
家計の為、猫ちゃん達の為、必死に働く身で
仕事終わりで子供を迎えに来ており、今から夕飯を作らねばならない状況で、
家にはみずほ母ちゃんとやっと目が開く5匹の仔猫に、
どうしても保護したいピアノとなると・・・

この女の子達は無知なだけで、悪い子達ではないこともわかるし、ちょうど中学生の部活終わりの帰宅の子達にワラワラ囲まれ、引っ込みがつかない私、
とまあこんな大ピンチの時に、
なぜか無邪気なうちの当時7歳児が、ヒカリを抱き、なでなでし「大丈夫?お目々見えないの?」と訊いているではありませんか。

そっか、J(うちの子)は、いつもいつも私を見ている。
この子の未来に、こんな光景なんて残したくないのが本音です。
「猫ちゃんがああして道にいたこともあったね」ぐらいにひもじい猫ちゃんがいなくなっていますように。
私は、普通のしがないおばさんだけど、猫保護に長けてはいないけど、
こういう時のフットワークの軽さと馬力と決断力だけはあったはず!

私はす〜っと深呼吸をし、覚悟を決め「今回は私が保護するからね。連絡先だけ教えて。もうやめてね。」と一人の子の連絡先をきき、
「これはやばいな、助けられるのかな?」というくらいな状況のヒカリを車に乗せ
「J〜、お腹空いてるとこごめんね〜、猫の先生のところに行くね〜」と車を走らせました。

非常に苦しい決断でした、色んな意味で。
あの女の子たちの事は怒ってはいませんが、
やはり今でもどうなのだろうか?と心の中に黒い塊として残ってます。

自分があの子達の立場だったら、
あれくらい若かった頃は?同じ事をしたか?と考えても、「しなかった」とハッキリ言えるからです。
私も若かりし頃は、猫ちゃんが飼える環境にはいなかったけど、拾っては何が何でも獣医さんに走り、必死に里親さまを探しまくって頑張ったからです。
結果助けられなかった子に涙し、里親さまが決まったときは飛び上がって喜び、
今と比べたら荒かったにしても、やれる事はやってきた、という自負はあります。

私が恵まれた環境にいた?そんなことはありませんでした。家族に、友人に、職場に、期間限定で協力を仰ぎ、飼うことは出来なくても繋ぐまではしてきました。
当然、何かを犠牲にしました。時間やなけなしのお金や、親に平謝りしたり、と。
当時はデジカメではなく、写ルンですで写真を撮り、ポスターを作り獣医さんだけでなく、行きつけ?の本屋さんや駅前のお店、電信柱、に貼って、里親さまを探しました。
「元気になるまでだぞ!」と猫嫌いの父の罵声を浴びつつ、
「へへ〜」とひれ伏し・・・。

どうしても出来ないくらい若い頃(中高生の頃ですね)は泣く泣く見ないようにしてきました。獣医さんに連れて行くのは親になってしまうからです。
↑これが良い悪いは色んな意見があることと思いますが・・・

時間が経てば、あの子達も猛省する、と今は信じたいです。
それにはもう少し時間がやはり要るのでしょうね。

そして私、家にいる私のうちの猫たち、保護してるまだ懐かない猫たち、そしてみずほ母さん達、ピアノ、なると、つぶ胡の捕獲・・
お金は?時間は?置いておける場所は?と頭をグルグルしていました。
正直、崩れ落ちそうなくらい苦しかった、けど

もう仕方ないです。
あの女の子達はもう関係ないのだ、
私が見つけてしまった、私が最初にこのボロボロの仔猫を見つけてしまい手を差し伸べてしまった、と思うようにしました。これも運命です。

そして、私はコテンコテンに猫の先生に叱られます。わっはっは
「そんなもの、その子達にやらせれば良いんだよ。あんたが潰れたらあんたの猫たちはどうなるの?いい加減にしないと駄目だよ!」と。
はい、その通りです。自分で自分の首を絞めているのは、この私です。
どうしようもない駄目な人間は、実は私だったりします。
猫の先生は、私が潰れてしまわないように、いつもきつめなご意見を下さるだけで、目の前の患畜には精一杯の事をしてくれます。
私にはその口調でも、ヒカリには優しいです。
(本当は優しい人なんですよ!誤解されやすい人ではありますが)

しかしながら
その、先生はおっしゃる見て見ぬふりが出来たなら、どんなにか私の毎日は楽なことでしょう。もしかしたら先生も長年いろいろ見てきて、自分にも言い聞かせつつなのかも?と思うことがあります。
事実、「もう嫌だ」「もう駄目だ」と何度も思いました、この何年も。クチャクチャな家の中や空っぽなお財布、もらい手のつかない保護猫ちゃん、何よりもまだまだ手の掛かる人間の子の存在が苦しかったです。
「ごめんね〜」と謝りながら子育てするしかなくて、

どうして私は、「嫌」と言えないんだろう?
これで良かったんだろうか?と。
何度も危ないギリギリのところを通り抜けてます。楽々だったことは1度もないです。
今回の事だけではないんです。いつもいつも上手に人に頼る(言い換えれば丸投げする)人は悲しいですが、いるんです。

でも、人のせいにしても恨んでも時間がもったいないので仕方ないです。
私の限られた時間やパワーを、そんな輩のことで使うのが何とも不毛、と。
見る人が見れば、まだまだ甘いんでしょうが・・・(苦笑)


話があっちこっちしますが
猫の先生は、このボロボロの仔猫のことを出来ることはやってあげるけど
非常にやばいよ、覚悟しててね、とにかく温めてあげて、と言って手を尽くして下さいました。
くっついた目は、やるだけやってみるけど、ちょっと酷すぎるね、
片目だけでも希望はあるから!と言われました。

私は、この子の命が繋がりますように、この子に光が差しますように、と
「ヒカリ」と名付け、渾身の看病となります。

やはり非常にやばいヒカリちゃん
猫の先生は、助からない子にも助かる子にも人間には言葉を多くはかけません。ただただ無言で処置をして下さり、その表情から私は覚悟を決めるしかありません。
ヒカリは、レボリューションをしてもらっても、たかっているノミが逃げ出しませんでした。
こうやって猫ちゃんを保護する人は見たことがあると思いますが、
助けられなかった仔猫、亡くなった瞬間に虫が上ってきます。
ヒカリはもう亡くなる子と変わらないくらいに虫すら跳ね返す力も残っていませんでした。

これはやばい。
たとえ助からなくても、猫の先生の治療を受け(日本一という意味)温かい清潔なところで人の側で、天国に逝けるなら、それもそれかも知れない、と自分の言い聞かせました。


でも、奇跡ってあるんです。

少し希望が出ては、又危険な状態になり、としばらくは安心できない日々が続きましたが、ヒカリは助かりました。
生きたかったのですね。

誰が悪かった、正しかった、とかそんな理屈は
今となっては、ヒカリちゃんにとってみたらどうでも良いことなのかも知れません。
答えは出ませんね。
やるしかないです。
その中から人が少しでも学ぶことが出来れば、と自分に言い聞かせる私です。
あくまで自分の問題です。

ヒカリちゃんのその後は続きますよ〜

頑張るヒカリ









2016年7月17日日曜日

胡つぶを追い求めて・・・

ピアノ♂なると♀
兄妹揃って半田市に縁づきました〜!
ありがとうございました^^
表題と写真が違うじゃないか?!と思われるかも知れませんが、
そのうち繋がっていきます(^^ゞ

昨年の今頃、ちょうど暑くなってきた頃です。その頃にはまだ行方不明になった胡つぶの目撃情報がちらりほらりと頂けており、
私と夫、そして心優しい友人は交互だったり一緒だったり、蟹江や愛西市まで通う日々でした。
「なんとか見つかって欲しい」と思って下さっている方々があんなにいらっしゃるのだと涙を拭き拭き、通いました。

キジトラ柄のメスの子、というのは本当にたくさんいて、
実際会いにに行かせて頂き、「あ〜・・・残念ですが違います。本当にありがとうございました。」という事が続いておりました。
中には、胸が潰れそうになるくらい苦しい目撃情報もありました。
あえて書くまでもないですが、たとえそれが亡骸であったとしても会いに行くしかしかありません。
私がこの目でどんな形であっても胡つぶの姿を確認しない限りは終われないからです。

時間が経ってどんどん可能性が低くなっていっても、私がこの目で見て胡つぶを確認できない以上、「胡つぶは生きている」のです。

そんな中、私はこの自宅のすぐ近くで、胡つぶそっくりな猫、「つぶ胡(あとから命名、その時は胡つぶもどきちゃんと呼んでいました、苦笑)」に出会います。
自転車通勤の私、もうちょっとで家だというとき、近所の施設のホントに狭い通路から彼女と出くわし、キ〜〜〜ッと急ブレーキをかけたのでした。つんのめってひっくり返るかという勢いのブレーキングでした。

「胡つぶ!!!!」と叫ぶ私に、
猫は一瞥し、立ち止まりジッと見つめた上で立ち去って行きました。

「待って!行かないで!」と叫ぶ私
スタスタといなくなる猫、
手だけ差し伸べ立ち尽くす私を見つめる通行人の数名の方々・・・(^_^;

我が家から蟹江の現場まで距離にして10kmです。
大きな川を何本か渡ります。車では30分くらい、猫の足だとどれくらいかかるのでしょうか?
私も含めて、ほとんどの人が「あり得ない」と思いつつも
やはり私を含めた全ての人が、「いや、もしかして、絶対無理ではないかの知れない」と思ったのでした。

胡つぶが10kmも歩いて帰ってきた!

私は全身の毛穴が開き、胸がバクバクするような感じに襲われました。
そうだったら、そうだった良いのに!涙がポロポロこぼれました。
なんとか!早く帰ってきて、胡つぶ!と毎晩考えるだけで体が内面から裂けるような思いでいましたし
なんと言っても疲れて切っていました。

働いて、家事育児をし、猫の下僕をさせて頂いた上の
目撃情報を頂く度に胡つぶに会いに飛んでいく生活でした。

そして又々しばらく、件の胡つぶに似た子には会えない日々が続きます。
は〜っと溜め息をついていたらば、あっと言う間に計7匹の仔猫を保護した夏でありました。
すさまじく又疲れる事になるのですが、頭の片隅にはその子の事がいつもあり
「私、胡つぶに会いた過ぎて、幻想を見たのかしら?」と思ったモノでした。

そして

胡つぶそっくりなつぶ胡
なんとお隣の家の庭・・・
又、私は彼女に出会います。季節も変わった頃でした。
黒が目立つキジトラ、小柄、歩き方、シッポの感じ、とても似ていました。

「胡つぶ!胡つぶだよね?!」とまた話しかける私に振り返る彼女
ジッとこちらを見つめる彼女に
「やっぱり胡つぶだよね!?」と話しかける私、
冷静に考えれば、
相手は猫なので、「そうだよ」というわけもないのですが、人間って(私だけかも)底が浅いのでこういった場面ではホントにこんな感じになっちゃうものなのです。

又、あの子に会ったよ!胡つぶだったりしないかな?と夫や友人に語る私、
心のどこかでは、まさかね、そんなテレビで観たようなすごい事が私と胡つぶに起こるなんて、と心に過度な期待を持たせないようにブレーキをかけつつ、
それでも興奮は収まりませんでした。

そして、またまたパッタリ会えません。
早く!早く確認したいけれど、私にも生活があり、仕事があり、24時間ここら辺をさまよって彼女を探すわけにはいきません。
私は、胡つぶの行方不明のポスターをこの近辺にもポスティングしようか?と迷いました。
でも、蟹江でいなくなった子がここへ帰ってくるなんて夢のような話の為に
ご近所の人々に協力をお願いするのもどうなんだろう?
いやいやそんな事はいっておられない、お願いしよう!と決めた時

また彼女の出会いました。
空気の入れ換えをしようと開けた窓の向こうに彼女はいたんです、お隣の庭に!

ひえ〜!!

ビックリ・・・意外にも近くに潜伏していた胡つぶもどきちゃん。
近くで見る彼女は、
目が少し猫風邪のせいか、開きにくくなっていました。胡つぶのつぶらな瞳とは少し違ってきていました。
長い時間、放浪していたからか少しほこりっぽいような、少し茶色が目立つような・・
「間違いない!胡つぶだね!」とは霊感・第六感の強めの私にも思えませんでした。

が!胡つぶであって欲しい気持ちが強すぎ、猫の会のOさんに
「猫って放浪の末に風貌が変わったり、色落ちしたりしませんかね?」と聞いてみたりして・・
誰かに「あるよね、そういうこと、胡つぶちゃんかも知れないね、可能性はあるよね?」といって欲しくて・・・。
思い出してもあの頃の自分の心中を思い返すと不憫で苦しくなります。

早速私は、捕獲器をお借りし、自分ちの縁側に置き餌を始めます。
ここから私と胡つぶは始まったのですから、胡つぶであればここに来るはず!
彼女は、やってきました。
10日に1度の感じで我が家の縁側に来る彼女、どこでご飯をもらっているのやら?
会えないと2〜3週間会えませんでした。

そして、この頭の良い胡つぶもどきちゃんは、捕獲器にはさっぱり入ってくれませんでした(-。-;)やれやれ・・・
この頭の良さ、この食えない感じ、ホッソラした体型で妊娠もしていない感じ、
やはり胡つぶでは?と期待を膨らます私です。

胡つぶは避妊手術は当然してありますが、大切に家猫修行を重ねた後に里親さまにつなぐつもりの子でしたので、耳カットはしてませんでした。
もうすぐいなくなって1年経とうという胡つぶの記憶・・・
私の第六感がピンと来ない限り、この子が胡つぶであることを証明・確認するには、この子のお腹を開くしか方法はありません。

そしてお腹を開いて子宮があれば、胡つぶではないことも確定するのです。
私の中では、ずっと捕まらずに何も確定出来ないまま、あやふやなまま、
ずっとずっと「この子は胡つぶだわ、今日も元気だわ」と思いつつ暮らしてしていくのもありかも知れない、と悪魔が囁いていました。

しかしながら
胡つぶでないことがわかったとしても、ノラ猫さんに置き餌をした以上は、私はこの子を幸せにする責任が生じてます。捕獲あるのみなのです。

そして、又少し時間が経った時、
彼女をみて私は両膝を床につき、愕然としてしまいます。

お腹がおっきいじゃないか!!

彼女はお腹に赤ちゃんがいました、避妊手術はされていない本物のノラさんでした。
胡つぶではなかった・・・・

涙も出ませんでした。
心の何処かではわかっていたのだろうと思います。あの胡つぶに本当に会えた時、
やはり私の第六感が間違いなく「この子だ!」と確信するのだと思われます。
そうでは、なかった。
この子ではなかったのだ・・・

私は大きく深呼吸をして、窓越しに彼女に言いました。窓を開ければ脱兎の如く逃げてしまう彼女に
「必ず仔猫ごと私に保護されなさいね」。

それから2ヶ月あまり姿を見せなかった彼女が、やっと可愛らしい仔猫を2匹引き連れて我が家の縁側にやって来たのです。
「約束は守ったで〜」(なぜか関西弁)とでも言わんばっかりに(苦笑)。
その2匹がピアノとなるとになります。

うちの2Fのベランダからすごい望遠でパチリ
これを1Fから見ると見事に草で見えない仕組みになってます・・
寒い日も大雨の日もありました。どこでどうやって産んで、誰にご飯をもらい生き抜き、育てあげたのでしょうか。
ノラ猫さんの生態は謎だらけです。かないません。

これもすごい望遠。傍らにはなるとちゃん

でもって捕獲しかないのであります。
我が家には既に保護仔猫ちゃんが5匹プラスみずほちゃん・・・(^◇^;)フフフ・・
でもやります。
そして又、お母さんに習ってか、なっかなか捕獲器に入らないおりこうな仔猫2匹でありました。
そうこうしているうちに、ヒカリちゃんを保護してしまう私。
「苦しいぞい」とは思いつつ、
胡つぶに誓って私はこの母子に背を向けるなんて事は出来るわけがありません。

そして、仔猫2匹を先に保護!

は〜長かった・・・(T_T)

こんな固形が食べられるくらいにまで育て上げたのね。
すごいな〜と思います、毎回毎回です。

そこからは早いです。
意外にもフーもシャーもなく、すぐに懐いて撫でられる仔猫2匹。

保護→受診→家猫修行チョッピリ→譲渡会にも参加→里親さまへ

とあっと言う間の出来事でした。
本当に可愛らしいこの2匹、私がこのお母さん猫に胡つぶを重ねなければ、たぶん違う場所で生まれ育ち、ノラとして生き(生きることが出来ればの話ですが)出会うこともなかったこの子達、
半田市の素敵な女性の所にお届けさせてもらえて、私は幸せ者です。

もうすっかり里親さまにも心許しスクスク育つ2匹です。
ありがとうございました〜

胡つぶちゃん、何処かでテレパシーで感じてくれてるでしょうか?
私はこの場所で、変わらず、「猫のこと」にかまけてますよ。あなたに又会えるまで諦めてないですからね。


さてさてこの2匹ちゃんのお母さんであります「つぶ胡」と命名されたノラ猫さんがどうしているかと言いますと
とうとう私に捕獲されまして、避妊手術の後にうちの網戸をぶち破って逃走・・・

「仔猫を返せ!」と再び我が家に入り、「しまった!」と気づき又もた網戸をぶち破り逃走・・・毎日縁側にご飯を食べにきとります・・。
網戸を直している暇もないという(>_<)ゞ

我が家に再び余力が出来た頃、彼女は又捕獲されるでしょう。ふっふっふ
待っておれよ、っと。

そして・・・
段ボールに入れられ遺棄されかけたヒカリちゃん里親募集中です!
よろしくおねがいいたします〜
ペットのおうち

千客万来の我が家です。頑張ります〜



2016年6月22日水曜日

猫男子を考察する♪

リアン(オカッパちゃん)、GW初日に中区に縁づきました^^
さてさて、もう言い訳はいけませんね。
はいそうです。オカッパちゃんお届けの巻を書きたいと思いつつ・・
気づけば6月も半ば過ぎ・・はっはっは

オカッパちゃんの子ども達がルイちゃんを最後に全て幸せの終の棲家に縁づいた頃に
さあ!君たちの番だよ〜♪と
夫の書斎で好き勝手やっていたお母さんお父さん猫達の家猫修行が始まりました。

ノラさんは、お外での時間が長かった分、人に懐くのも時間が掛かるといわれています。
なので、仔猫は比較的馴れやすい、と言われているのです。
が!
今回、私ここまでたくさんの猫ちゃんを保護してきて
「こうだからこうなる」みたいな確かなモノって何一つないのだな、と深く悟った次第であります・・・(×_×)

まずは、ルイちゃん(わかめ)が懐かなんだ段階で、悟りの境地をみた、と言うか(苦笑)

真ん中に挟まり怯えるリアン(オカッパ)ちゃん

かと思えば、あんなに警戒していたのにも関わらず、
仔猫ちゃん5匹を保護したあと、2本足で我が家の玄関に立ちはだかり
「返せ〜!仔猫を返せ〜!」と毎晩怒り狂っていたオカッパ、
保護して避妊手術が済んで、書斎でノラ生活中も↑この警戒心。

そんなオカッパちゃんが、いとも簡単に人慣れするんです。
ビックリしました。
モノの1週間ほどでナデナデ出来るようになり、サクッと可愛い写真が撮れ
里親募集の掲載を出来るまでになったんです。
きっと「これは・・・人に懐いた方が私にとってイイ事があるのでは?」と聡明な
オカッパちゃんは悟ったのだと私は思っています。

それくらいあり得ない人慣れでした。

そしてこんな可愛い至近距離の写真が撮れてしまうという・・・
もともと可愛い顔をしているのので、何件も里親希望を頂き、
その中で、私達は一人のフレッシュマンに里親になってもらおうと決めました。

「男性の一人暮らし」

私達のように猫ちゃんを保護し、ものすごく手間と労力をかけ(好きでやっているので
そんなえらそうに言うほどではないです^^)
なんとか幸せになってね、と活動している人間にとって、
男性の一人暮らしの人というのは、一瞬ピリピリッとした空気になります。

これは致し方ないのです。
申し訳ないことなのですが、「猫詐欺」「猫の里親になっておいて大量虐殺」悲惨な事件は男性が圧倒的に多く、
その中でも(偏見に繋がったらごめんなさい)、所帯をもっていない男性一人暮らしの方はやはり、不安なのです。

現実に、胡つぶは帰って来ません。
それ以前にも私は男性にウカウカと猫ちゃんを渡し、取り返しのつかない悲惨な結末を迎えたことがあります。私の背負うべき十字架です。
私は、今もその男性達を許してはいません。「お前が○ねばいいのに」とずっと思っています。一生許さないです。

そして、音信不通。これも多いです。
「どうしてるんだろう、あの猫ちゃんは」と保護主にこんな思いをさせるのは
やはり男性一人暮らしの人が多いです。同じ猫好きであるはずなのに、相手の気持ちに立って動けない責任感のない方がいるんです。

↑そういう輩がいるために、真っ当な猫好きのちゃんとした人々、「猫男子」と言われる人達が大変迷惑してます。私の身近で言うと、H氏と小春ちゃん^^
もし「一人暮らし男性はお断り!」としてしまったら、あの一人と1匹の今の幸せはないわけで、私は深く考えずにはいられません。

私達よりもずっと猫ちゃんを大事に慈しみ恋人のようにまったり過ごし
「あ〜この人にお嫁さんは来るんだろうか?」と心配してしまうほど、猫との暮らしを
楽しんでいる人達、きっちり働き、猫と自分の食いブチは稼ぎ、誰からも文句を言われる筋合いもない、素敵な「猫男子」

私は、
どうすればそういう「猫男子」と
「猫を飼う資格のない一人暮らし男性」との区別がつけられるのだろうか?と考えます。



奥からリアン・冬胡・牡丹
なにげにすっと馴染んだリアン(オカッパ)
こんな風景は、本当に人を幸せにしてくれます。

簡単なようで簡単でないんです。

それでも、その人が書く文章、そしてお会いしたときの感触、
何よりも、私どもとて、一つ大きく苦しむとさすがに学びます。

今回、「この人がいいな」と思った猫男子さんの書かれる文章は、相手(私のことです)を思いやる気持ちで溢れていました。
自分が怪しいモノではないこと、必ず幸せにすると目で見てこちらが安心できるモノを揃えて下さり(賃貸契約書なり、なんなり)
自分の身元も快く明かして下さいました。父上が獣医さんという、これ又これ以上の安心感はないでしょう、と言うくらいにσ(^^)

とは言ってもフレッシュマンですので、就職が決まってから研修、研修で家を空けることが続き、
この方、その全ては終わり、リアンとまったり時間が過ごせるまで待って欲しい、と何度も何度もお届けを延び延びにしまして、万全を期して下さいました。

さすがの私も「え〜!!又延びるの?早く一緒に暮らしたいとは思わないのかな?」と
思ってしまいました(苦笑)。
それでも夫が、「もう少し信じて待ってあげよう、普通に大学から就職するだけで、生活は一変するモノ、この人のオカッパち暮らしたい気持ちは1度もぶれていないよ。」と
言うもので、私も納得し、
4月の29日のお届けとなりました。

お届け直後はこんな感じのリアン

オカッパちゃんはリアンちゃんという何とも可愛い名前を頂き、
猫男子とまったりと暮らすこととなりました^^
気にして下さっていた全ての皆さん、ありがとうございます!

お届けの際、リアンちゃんに掛かった避妊手術代金などを協力して頂いているのですが
この猫男子くんは、きちんと封筒にお金を包んで用意して下さってました。

なかなかいないんですよ。
良い悪いはこの際置いておきますが、その行為一つから私達がわかることは
「きちんとお父さんお母さんに育てられた方」「自分が家族になる猫を保護し、慈しんできた私達への気遣いが出来る方」と言うことです。
とても大切なことだと感じました。

有り難いご縁になりました^^
なんとカメラを付けてもらい、お仕事中もリアンちゃんの様子を
見て下さっているという(^^ゞ素敵

我が家の縁側に仔猫を5匹連れてきてわ〜おわ〜お!(ごはんごはん!)と鳴いてた
この子が、こんなお姫様のように暮らさせて頂いている、という幸せは
全ての猫保護活動者にとって、大きな希望になります。

そして、こういう方のおかげで、「一人暮らし男性」の株が上がっているのに
それを一気に又、下落させるような人、いるんです。ホント残念です。

確かに一人暮らし男性でなく、家族と同居でも駄目な人はいます、
女性でもいるでしょう。
でもダントツ気をつけなければいけないのは一人暮らし男性なのは事実です。

今回の私はというか、リアンちゃんは本当に幸運だったのは言うまでもないです。

なんて可愛いんでしょっ♪

でも、一人暮らし猫好き男性さん達も少しだけ考えて頂けたら、と思います。
どうしたら猫保護している人達が、僕のことを信頼してくれて安心してくれるだろうと。
簡単です。
心を込めた文章は、きちんと人の心に届きます。わかりますから。
そうすれば安心してくれるかも?と行動して下されば、ちゃんと私どもに届きます。

今まで、酷いことをやらかしてきた先人の「一人暮らし男性」とは違うのだ!と示して下されば私どもの心にちゃんと届きます。
弱冠22才のフレッシュマンが、こうしてやって下さったのですもの♪




さてさてさて!そうこうしているうちに
我が家は緊急事態発令中です(苦笑)

まずは、5月の22日名古屋市M区の公園にて
みずほちゃんと5匹の生まれたての仔猫たち
友人からの通報?でかけつけ滑り台の階段下で仔猫を産み落としたみずほちゃんです。
みなと猫の会の皆さんの助言と、必殺「猫」仕事人のYさんと、うちの7歳児をみていてくれた友人のおかげで保護出来ました!

そしてこんな感じ(笑)里親募集にはも少し時間が掛かりそうです。
頑張ってます!みずほ母さん^^

そして、6月の3日の学童にうちの子を迎えに行った際に・・・
ひかりちゃん、危険な状態でした。
詳しくは今度書きますが、只今必死で命を繋ぎ中です。
免疫力がなく目もくっついて見えるかどうかわからない状況から、一命は取り留めてます。が、まだ道のりは長いです。

そして、5日に保護したこの2匹
ピアノ♂となると♀生後2ヶ月半
絶賛里親募集中です♪
譲渡会も参加しましたよ〜宜しくお願いします。
後手後手でごめんなさい!
又、仔猫たちの事、家猫修行中の大人猫のこと、お伝えしていきますね^^











2016年4月30日土曜日

「運命」と言う名の「適材適所」、大取です^^

大取のワカメちゃん、可愛い!
前回から実は続いております・・・
マモ君をお届けした後、我が家にはワカメちゃんが残りました^^
「残り物には福がある」と夫は申しておりましたが、
なにせ懐くのに時間が掛かっておりました。

今まで出会った黒猫ちゃん、我が家にいる黒猫ちゃんを併せ持っても、かなり可愛いワカメちゃんなのでした、見た目だけは・・・(¨;)
懐きさえすれば、抱っこさえさせてくれれば譲渡会でもサッと里親さまが決まったであろう美猫のワカメ、しかしながら彼女は確固たる信念があるかのように
人に心を許しません。
実際はどーだかわかりませんが(苦笑)。

今まで仔猫ちゃんは何匹も保護してきました。
だいたいがノラ猫母さんの仔猫ちゃんをホイホイと保護してきましたので、
懐いていない子もかなりいまして、それでも仔猫というのは、大人の猫と違って
多少の違いはあっても直になつくもんだと私は思っていました。

初めて、そうです。初めて私は膝をつき、「こんな懐かん仔猫がおったんか・・」と
ガックリ来る事になった猫が「ワカメちゃん」です。
いや〜参った、参った(>_<)ゞ

去年の夏、計7匹の仔猫ちゃんズを保護した私め、
多少時間が掛かった子もいましたが、有り難いことに順調に里親さまが決まりました^^
猫の先生は、「黒猫ちゃん・青い目の子以外は厳しいかもよ」と言われまして、
私も覚悟していたのでした。

ところがどっこい!今回は先生の予想は大きく外れまして、
なんと、白黒の人慣れしている子から里親さまが決まっていったんです。不思議でした。
猫の神様がチョイスしているとしか思えませんでした。
全ての子が、「この人しかあり得ないでしょ?」という里親さまの元へ順番に行った感じがしてしました。

さて、ワカメちゃんです。はっはっは
はいもう、懐きませんです。
譲渡会にも参加拒否を致しまして、ピアノの裏という、唯一人間の手がどうにもこうにも入らん場所へ逃避、籠城、威嚇、とまあ大変な事に何度もなりまして、
ご縁の糸もなかなか頂けませんでした。

ワカメが懐いていないことは、掲載記事にもしっかり書かせて頂いておりましたし、
「まあそのうち、ね」なんて思いつつリビングの真ん中で、ワカメちゃんのケージを置き、ケージの中であればナデナデさせてくれるまでにはなっていました。

しかし、心の何処かでは、「いったい何故?なぜここまで懐かん?」とずっと
思っていました。
今思えば慢心していました。私に懐かん仔猫がいるわけないと思い込んでました、はい。

ケージから出すとこんな感じのわかめっち
1月だっちゅーの

仔猫ちゃんはだいたい生後5ヶ月頃から避妊・去勢手術が出来るよ、と言われつつ
そこまで掛からずもらわれていったオス達・・・
「いいんだよ、ワカメはワカメでゆっくり行こうね。」
昨年12月、
「先生、ワカメちゃんの避妊手術をお願いします。」と猫の先生に避妊手術をお願いし
ましたとも。

ワカメは期待を裏切りませんでした。
診察室でも脱走、臭い臭いスカンクのような肛門嚢を人間にお見舞いしたあげく
籠城に威嚇・・・・

深追いした先生が「いてて」とぎっくり腰を悪化させ
猫の魔術師、猫の奥さんがサササッとタオルを使い捕まえてくれました。
なんと、私には捕まえることは出来なかったです。
この上ない敗北感・・・。
「まじか」と焦りました。

手術終わってお迎えに行った際、ちょっとプーッとふくれていた先生に吹き出しそうになりつつも
(「僕もプラセンタ飲んで腰痛治そっと」との事でした(^o^)フフフ、タマリちゃんとお揃いのお薬だわ〜)
心の中では大きな大きな溜め息をついていた私です。
「私の、私のどこがいけないの?なぜ懐いてくれないの?ヨヨヨ」と泣き崩れる暇こそありませんでしたが、どうしたら懐いてくれるのかサッパリ訳がわかりませんでした。

とジタバタしていた(心の中のお話)のも束の間、
年が明けてすぐに運命の女神さまが、現れたんです。忘れもしません。

ワカメちゃんに里親希望の白羽の矢が!

私と夫が「おお〜!!!!」と雄叫びをあげ
でも、「ここまで懐いていないこと、知ってて応募して下さってるンだよね、大丈夫だよね?」と何度も確認しつつ、オドオドしつつ、お見合いの日がやってきました。

作りが可愛くなっているワカメ、小柄で仔猫顔で金色の目
ただ少し凶暴と言うだけで・・・(-。-;)
これまた素敵なカップルがワカメに会いに来て下さりました。
「懐いていないことは知ってて応募させてさせてもらいました、良いんです。この子のペースに合わせていきます。」と言って下さりました。

ああ・・・

本当ですか!!??ありがとうございます!!

生後1ヶ月半くらいの仔猫から我が家にきて、こんな調子。
もうずっと人には懐いてくれないのではないか?我が家の何がいけなかったのだろう?
どうしてこの子だけ懐かないんだろう?
里親さまは、この状況でも本当にこの子を愛して下さるのだろうか?と
不安が胸一杯に広がる私をよそに、
お二人は、ケージの中、イカ耳で「シャー」だの「ウー」だの言うワカメの顔をのぞき込み
「かわいいね」
「うん、かわいいね」
「この子が欲しいね」
「うん、欲しいね」とニコニコ会話をされていました。
(このお二人もかなり可愛い方で、私とても癒されましたよσ(^^))

ワカメ、良かったね、本当に良かった。
そんな幸せな気持ちとは裏腹に、やはり「こんなに懐いていなくて本当に大丈夫だろうか?とグルグルと不安が渦巻いていました。

そして1月の末、お試しに出るワカメちゃん。
「駄目だったらいつでも戻ってくれば良いんだよ」と自分にも言い聞かせつつの旅立ちです。
里親さまは「お試し期間を1ヶ月くらい下さい。ゆっくり様子をみたいです」と言われました。先住ちゃんは3匹です。
とても大人しそうな子たちで、ワカメのようにウーだのシャーだの言う子はいません^_^;
「ワカメのこと、よろしくね」と言い残し帰る私。

その晩、ひどく鳴いたワカメに困惑される里親さま。
慰めたくても触ることも許さないワカメ。
焦る私。
ワカメが使い慣れたケージをお貸ししに飛んでいきたい私だったのですが
里親さまのお仕事のお休みと私の休みが噛み合わず、キリキリとハンカチの淵をかみしめながら(脳内映像です)「頑張れワカメ!踏ん張って、里親さま!」と天を仰いでおりました。

里親さまに撫でられてるワカメ
「ルイちゃん」です!
それでも、あんなに懐くのに時間が掛かっていたワカメちゃんなのに
違うおうちに行ったらば、ものすごい声で鳴いた、と。
ワカメはワカメの速度で、ちゃんと我が家のことを「仕方ないけど私んち」と思っていてくれたんだな、と思いました。私のこともダテに5ヶ月も一緒に暮らしたのではないくらいには認めてくれていたのか、と心がシンとなりポロポロ涙が出ました。

そして、

里親さまは踏ん張られました。
「もう少し頑張ってみます」
「もう少し様子をみてみます」と大きな気持ちでワカメに寄り添って頂いて
なんと!一ヶ月のお試しの間に
「抱っこ出来ました」とか「一緒に寝てます」とか
私越えをサクッとやってくれました(笑)。

ワカメはルイちゃんとなり、名古屋市中村区の終の棲家に縁づきました。ありがとうございます!

ものすごい幸せな気持ちと共に初の黒星を喫した横綱力士(言い過ぎでしょう)の気持ちになった私でありました。

一緒に寝てるルイちゃんふみふみ写真

この里親さまでなかったら無理だったでしょう。
やはり運命というか、猫の神様はいるんだと私は思った次第です。私はけっこうな幸せ者だといつも思います^^

私はワカメだった頃のルイちゃんの事をずっと忘れないです。
慢心していた私に杭を打ち続け、気づかせてくれたルイちゃん。

我が家には当たり前のようにワンサカ猫ちゃんがいて、ゾロゾロと行ったり来たりしてます。私達にとっては当たり前で、なんとも思わなくなっています。
逆に猫ちゃんが少ないと落ち着かない!くらいな勢いです。
そして小さな人間の子供(7才になったとは言え、猫ちゃんにとっては怪獣には変わりなし)がいるのも当たり前で、「子供が苦手」な猫ちゃん達が上手に7歳児と距離をもちつつつきあい、向き合ってくれています。

たまに「里親募集」の掲載をみていると「小さな子供さんがいるおうちはお断り」とか「要相談」とか書いてある方がいます。団体もあります。
確かに猫ちゃんにはとって幼児は天敵に近いモノがあるかも知れませんが、人の子だって学びます。
私は人間のお母さんでもあるので、どうしても切ない気持ちになり、
「何もこんな厳しくしなくても」と小さい子供がいたっていいじゃない、大丈夫だよ〜とついつい思ってしまうのでした。
うちみたいに猫ワンサカの中に産まれてきた子だっているのだし、と。

しかしながら今回、ルイちゃんが話せたらきっと教えてくれるでしょう、
なぜに我が家ではあんなにイカ耳で過ごしていたのかを、
そして里親さまのところへ行って人間と一緒に寝る気になったことを(苦笑)

私は、今やっとルイちゃんがあんなに懐いてくれなかった事が、
我が家で過ごすルイちゃんの気持ちがすごくわかる気がしています。

気づいてあげられなくてごめんね。

でも良かったね、これで幸せだね。

そしていつか里親さまのところにも人間の赤ちゃんが生まれてくるかも知れません。
その頃には
ルイちゃんは我が家でのトマトやタマリ、市松に花火とようになんのかんのと遠巻きに子育てを応援してくれるようになるでしょう。
猫ってやっぱりすごいんですもん(^-^)
勝てないです^^


さてさてさて

仔猫ちゃんズが全て幸せになり、次はお母さん猫、お父さん猫の出番です。

夫の書斎にて
奥からうるし♂真ん中に挟まるオカッパ♀
手前がすずらん♀、家猫修行の始まりです!

今まではケージの数も足りず、人にゆとりなく
ワカメちゃんが決まってから親猫ちゃん達は家猫修行を始めよう、と
好き勝手に家の中でノラさん生活をさせていましたが
始まりました。もちろん避妊・去勢手術済み、ワクチン済みのレボリューション済みです。今回は大人の胡達、お外での生活の時間の分だけ、人慣れも時間が掛かります。

「緊褌一番」です。

1匹ずつケージに入ってもらい、人の近くに(^^)
長期戦は覚悟の上です、頑張ります〜

信じられないスピードで人慣れ完了のオカッパちゃん^^
里親さま決まりまして、トライアルですよ〜
ルイちゃんのママになります。可愛いです。
そして
くわい♀
我が家の敷地に遺棄されてました。飼い主の名乗りはあがらず
名実共に所有権は私になりました。
ただいま、大人の猫ちゃん家猫修行中が3匹となりまして、変わらず頑張っていく所存です〜
ご報告が後手後手で本当に申し訳ありません!
又、後日談は詳しく書きますね。題して「家猫修行珍道中」です・・・(^_^;



最後に
故・くろちゃん(三日月)
ワカメが幸せを掴んだ1月に、
くろちゃん(我が家では三日月くん)が虹の橋を渡って逝きました。とてもなつっこく人にたくさんの幸せをくれたくろちゃんでした。ありがとう。
里親さま、ありがとうございました。短すぎる猫生でしたが、「自分のおうち」「本当のママ」の元で幸せな猫生でした。
ありがとうございました。感謝しかありません。

前向いていきます。くろちゃんの分も。







2016年3月12日土曜日

ちょこっと一区切りですね^^

マモくん(コンブ)清水市に縁づきました^^
うっ
ウカウカしていたら、クリスマスもお正月も飛び越え・・
「あっ本年も宜しくお願い致します」(苦笑)
節分もおひな様まですっ飛ばし、久々になります.ごめんなさい。

この間、ずっと本当に私が書きたかったことは・・・
11月は23日の事になります。キャーすいません(^^ゞ
我が家の夏の保護仔猫ちゃんズ7匹のうちの後半になります。コンブ君のお届けの日でした。

「黒猫ちゃんはすぐもらわれるよね」という想像に反して、
黒猫のコンブとワカメが我が家には残っていました。
「なんでだろうね〜?」とかなんとか言ってはいたものの、物事には全て理由があって
出会うべき人やタイミングというもの、運命としか言えないもの、
数々の出会いを経験してきているため、きっと出会うべくしてその子その子に最善の里親さまが現れると私は知っていました^^

黒光りした艶々な可愛いコンブとワカメ、幸せにならないわけはないのです。

そんな時にフワッとコンブ君に白羽の矢が立ちました^^
頂いたメッセージをを読んで、「なるほど、運命だ♪」とジワッと
胸を打つモノがありました。もう私の心は決まっていました。

猫ちゃんによっては何件もお問い合わせを頂く子もいたりするのですが、
その全ての方が間違いない方、と言うことはまずなかったりします。(ごめんなさい!)
『文句の付けようがない里親さま』、というのはそれぞれの主観にもよりますが、
それでも有り難いことに、私はけっこう出会ってますσ(^^)

ニャンモックが小さく感じ始めました^^大きくなってきました^^

コンブ君は譲渡会では人気者なのに、なぜだか決まらず、
「?」と思い続けた私です。

が、そんな中、たった1人の遠方から頂いた里親希望のメッセージ。
一発一中ですσ(^^)
あ〜神様仏様
本当に毎回毎回、悩んだり苦しんだり「私は本当にこれでいいのだろうか?」と考えたりする私に
「良かったんだよ」と言って下さるかの如く、誠に心にくい演出をして下さるものです。
人生というのは、こういうことの連続なのでしょうか?

さて、
我が家は名古屋市の海に近い場所です。水族館が近所にあったりします。
ここから静岡県の清水市と言いますとけっこうな距離があります^^ウフフ
それはもう旅行の域と言っても過言ではないのですが、それでも私はもうお届けする気マンマンでした。
「逃すまい!」と思っていたわけではありませんよ、「この方に届けたい、とても!」と思える方だったからです。

遠方だとわかって応募して下さる方々は、
「ホントのホントにこの子の里親になりたい!」と強い決意で思って下る方ばかりなのです。

「遠いけどイイかな?」と、お届けする私どもの負担を思いやって下さり、
確固たる強い気持ちで猫ちゃんを受け入れると決心して下さってる方ばかりです^^
ましてやトライアルの結果、先住ちゃんが受け入れないかも知れない、最悪また返さなくてはならないかも知れない。また来てもらわないといけなくなるかも知れない・・・
と葛藤の末、
いやいや、でも、そうはならない、しない!と。
時間が掛かっても、それでもきっとうまくやれるはず、一緒に暮らせるはず、と
強いお気持ちで応募して下さる方、それが私にとっての『遠方の方』のイメージです^^

そして『清水』は
私にとって、1度行ってみたかった場所でした。
私は幼い頃に清水に住んでいたことがあります。
ゼネコン勤めだった父は若い頃、静岡県の現場を転々としていました。
亡くなった母は知らない人ばかりの中、幼い私を育てつつどんな景色をみていたのだろう、と小さな私を抱っこしてる若い母の写真を見ながら、
母があの頃に清水で見た景色を私も見たいな、とずっと思っていました。

清水に行くことが出来る!

嬉しかったです。

コンブ君が引き当てたご縁の糸は、私にもワクワクするような有り難いご縁でした。

猫ちゃんのお届けは、(よっぽど近隣の方だと違ってきますが、)
人間の子供も小さいため、『猫ちゃんのお届けでございまする候〜』と必死な感じにはならないように、帰りに『幸せにおなり』とべそべそ泣かないように(苦笑)
楽しく行って帰って来た、と言う感じにしたいため
私はだいたい観光したり、何か楽しめるスポットに寄って、遊んで、笑顔で楽しんで帰って来ます。
本当に楽しんで帰ってくるのです。

私は体は1つしかないですが(当たり前か)、
100%猫ちゃんの為だけに回ってはいけない立場でありまして、
7歳児にとってもたった一人の母である為、彼にとっても楽しいことがある日にしたい、と言うのが本音です。猫ちゃんのお届けの日が彼にとっても「イイ日」になるように。
猫ちゃんも大切だけど、あなたのこともとても大切に思っているのだと伝われば良いのですが・・。

今回はその最たるお届けでした。
コンブ君を無事にお届けしたあとは、三保の松原に久能山東照宮、海鮮丼(美味い!)をお腹いっぱい食べて帰って参りました^^
日本平のロープウェイで、喜ぶ子供の顔に私も癒されました。

最後のナマのコンブ君の顔と、清水の景色の数々はしっかり記憶されてます。

先住:ミレちゃん、きゃわいい!森の賢者風(?笑)
里親さまもトリンドルちゃんか?と言うくらいお綺麗な方です^^
ドキドキしちゃいました。
行きには富士山も見えてたのですが、コンブ君をお届けした後は曇ってしまいました。

三保の松原での7歳坊主(^^)さすがの世界遺産でも
坊主にとってはただの砂浜だったようです^_^;
富士山が見えてたらな〜

お届けが曇ったり、雨になったりする事は晴れ女の私はそうそうないことなのですが・・

珍しく本人登場^^来世は宮大工です!
里親さまが雨女だったか、コンブ君が雨男なのでしょうか?
帰り道、渋滞にはまった頃にはザーザー降りでした。
「コンブ、可愛らしい姿で私達を笑顔にしてくれて本当にありがとう。
あなたを保護できて、育てることが出来て、本当に良かった。
幸せにおなり。」と空を見上げました。

コンブは、マモくん(守り神のマモくん)と言う名前を頂き、
里親さまの先住ちゃんとマモくんのペースにお任せな有り難いトライアルの末、
清水の素敵なおうちに縁づきました。
ありがとうございました。

ほっこり
ご報告が遅れてしまい、すいませんでした。
そして、仔猫ちゃんズ、最後の1匹になったべっぴんワカメちゃんは・・・
続きます〜(∩.∩)


オマケ
かわいい!ノア君^^ 仔猫7ニャンコの中1番先に
幸せな終の棲家にお届け出来た、感慨深い子です。

私の事なんて忘れてるんだろうな・・・
そして
ジル君^^むふふ可愛いです。
私の事なんて忘れてるんだろうな、第2弾でございます。
もともと印象薄かったかも?
11月のこの頃に、頂いた幸せ写真でした^^

我が家の寝室の夫側のベッド(苦笑)
昼間は暖かいね^^
カンロ♀つらら♂牡丹♂デブばっかし


2015年12月14日月曜日

11月は、花火を思います。

花火ちゃん、永遠の8歳。私の永遠の宝物です。
昨年の11月の4日に花火は逝きました。
最期はキュッと私の手を握って逝きました。「ありがとう」と言ってくれたような気がしてました。
別れの時が近いことを家族中がわかっていましたので、皆で花火を見守り、まんじりともせずいたのですが、
人間の子供が眠りにつき、夫がコンビニまで飲み物を買いに行ってくれている、ほんの瞬間に私と花火だけになったときに、花火は逝きました。

「らしいね、そうなるような気がしていた。」と夫は言い、
ここまでの花火の苦しさや我慢や頑張りを思うと、特に寝たきりになってしまったこの1ヶ月は、本当によく頑張ったので、
「楽になったね」「体が軽くなったね」「花火ちゃん、ありがとう」の言葉しか出てきませんでした。

折しも去年の11月1日から3日まで
私達家族は新潟にいる亡き母の弟の家に遊びに行く予定にしてました。

予定が決まってから花火の容体が悪くなったのです。
8月の30日にFIPと診断され、
9月の7日には血栓を発症、それはもう助からないか?!と思ったのです。
猫の先生に奇跡的に助けてもらい
退院、しばらくはヨタつきながらも奇跡的に歩けるようになり、
猫の先生でなかったら、得られなかった花火との密な時間を頂きました。
今思えばかけがえのない時間でした。

そして、血栓が再発、寝たきり、となったのです。




花火は、寝たきりになっても凛として、花火のままでした。

当然、旅行は取りやめようと思った私達、
母が亡くなる前に「1度行きたいわ」と言っていた叔父の家、あんなに早くに母が亡くなるとは思っていなかった、それでも又、時期をみて計画すればいい。
叔父夫婦は元気で、私達にも未来がある。
花火の残された1日1日を思うと花火から離れてはいけないような気がしました。

でも「猫のせいにして人間の予定を変えないで良いから、猫も迷惑するから。
行ってきなさい。ぼくがちゃんと診ててあげるから。花火を信じてあげなさい」と猫の先生に言って頂き、

そもそも11月の1日まで花火の命がもつのだろうか?という状況で、
猫の先生に預けたにも関わらず(インシュリン注射の必要だった市松も一緒に預かってもらいました、大好きないっちゃんと隣にしてもらい、花火は安心だったと思います。)
きっちり3日にお迎えに行ったときまで花火を生きて私に返して下さったのです。

そして、4日でした。
花火は、私達の元から旅立って逝きました。

花火ちゃん最期の夜、花火テントに寄り添う市松とタマリ。
物言わぬ猫たち、オモチャを運んでは寝転がる市松。


「ありがとう」しかない、頭ではわかっていました。
しかしながら、私は花火の死と向き合うことは出来ず、逃げることになります。
泣き出したら最後、涙を止めることは出来そうもなく、
膝をついて立ち止まったら、立ち上がれない、
トマトを失い、クコを失った私は、猫ちゃんの死に向き合う余力なんぞは持ち合わせていませんでした。

元気だった時の花火とうちの子、寝室で^^
こうして文章に書くことも出来ず、バタバタと人間のこと、猫ちゃんのことを
し続けながら、背中越しに変わらず花火はこの家にいるような、キャットタワーや食器棚の天辺の「花火の定位置」にいるような、そんな気でいました。
「花火はそこにいる」と。
いない事を認めたら負け、といった感じです。

その後も私は、胡つぶの行方不明や市松の死、というとんでもない経験をするのですが、
それでも、その中にいても、どうしても「花火がいない」ことは認めず、知らん顔してきました。

そして、今年の11月の4日
私は口にします。
「花火が死んでしまって1年なんだね」と。
と、同時にあとからあとから涙があふれ、膝をつき声をあげ
「花火!花火!嫌だ!戻って来て!」とひとしきり泣きました。
まるで、今花火が死でしまったかのようでした。

テーブルの上も花火の定位置でした。
書いても書いても書き尽くせないほど、言葉では表せないほど可愛い、
どの子も可愛いのです、が
まだあと10年は続くと思っていた花火との時間をいきなりもぎ取られ
彼女なしで回っていっている我が家、変な感じがします。

今頃は花火の元々のパパと天国で軽くなった体で走り回っているのだろう、と思えるようになったのも、ほんの最近です。
今も尚、花火の毛の感じをこの手が覚えており、花火も鳴き声もグルグルもこの耳が覚えています。忘れるわけもなく、
記憶の中にしっかりと強く刻まれています。

私のように、猫ちゃんをたんまり保護する人間の家だと
花火は辛かったかも知れない、と考えないわけではありませんが、
彼女がこの家の中心にいたときが、私の猫ちゃん歴史の中で1番幸せだったな、と思います。
ムキになって、
立ち止まらず、考えないようにして突っ走ってきました。
そうするしかないような苦難にも襲われましたし。
現在もまだ、保護猫ちゃん達がいます。

突っ走るしかない状況には変わりはないのですが、
少し振り返りつつ、泣く日もありつつ、立ち止まって考え込んでもヨシなのだな、と思う今日この頃です。

猫ちゃんの病気の数々の前では、人は無力ですね。
どんな病気になろうと、人は、それはもう必死で出来ることをするしかありません。
猫ちゃんには何も罪はなく、ただただ可愛いのです。

花火は、今は亡き私の従兄弟の猫でした。ご覧の通りペットショップで買われた猫です。
「やっぱりお金を出して飼う猫ちゃんって、可愛い作りになっているよね〜」と
夫と何度か話したことがあります。
み〜んな可愛いのには変わりないのですが、やはり「別格」な感じがしました。

そして、今も胸を掻きむしられるのは、
考えたところで仕方がないのは、
ペットショップで売られていた花火がFIPに感染していたという事実です。

何かがおかしい。

でも、もし先に感染症を調べられてFIP感染がわかっていたら、
花火は売られるどころか殺処分されていたかも?と思うと
調べてなくて結構だったのです。

が、でも、何かがおかしい。

FIPに限らず、こんな感染症は感染しても、
「体の中にセットされた時限爆弾があるけれど、爆発するか不発弾かわからないよ〜」ってなもので、
何事もなく、発症せず天寿を全うするかも知れません。
それはもう神のみぞ知る、未知の領域です。
感染しつつも直接の死因は又、別かも知れない。
花火の死因もFIPではありません。

花火は猫エイズと白血病は調べられており、マイナスでした。
今考えてもゾッとするのは、花火の場合はそれがプラスと出ていたら、やはり売り物にならず殺されていたのではないか?と恐くて仕方ないです。
それが発症するしないは別として、殺されていたかもしれないのです。

何かがおかしく、そしてバカバカしい、

考えたところで私が何かを変えることも出来るわけではないのです。

それでも、猫ちゃん達は花火のみならず、自分のそんな背負った宿命を恨まず凛と生き、そして逝きます。人間はもっともっと知識を持ち、そんな彼女達に出来る最善のことが出来るようにならなければいけないのに、なかなか難しいです。
恥ずかしい限りです。

カボスと花火、ほんの2年前
ずっとこんな可愛らしい姿を見ていられると
信じて疑いませんでした。

クコにしても花火にしても天寿とは言い難い、若くして大病を発症した子に対して、
オロオロ泣く私に猫の先生は必ず言います。
「この子、今からすごく頑張るから。あなたは目をそらさず見てなきゃ駄目だよ」と。

私は、「はい」と返事をし、

私と暮らしたこと、私の手に掛かったこと、その全てに抗うことさえ出来なかった彼女たちが「この家で、この人で良かった」とまでは思ってくれなくても
私がいつか彼女たちがいる場所に行ったときに
「久しぶり〜」と駆け寄ってくれるくらいの信頼は得たい、と願い看取りました。

人間というのは、猫ちゃんの前では本当に無能ですが
彼女たちのおかげで確実に強くなっている私がいます。

花火が生きた8年は間違いなく存在し、亡くなった従兄弟の代わりに私達は花火と共に生き生きと笑顔で暮らした8年間は素晴らしい日々でした。
確かに短かったかも知れない。それでも何ものにも代えられない8年でした。
あんな可愛い子と暮らせて、私達は幸せでした。

ありがとう、花火。

花火ちゃん、逢いたいね。一緒に暮らせて本当に良かったね。
楽しかったね。
人間のチビの暴虐武人さも花火は許さなかったね。
「花火ちゃんが叩いた〜」と言いつけにくる我が子に、吹き出す私、
それでも花火は言い訳ひとつせず(笑)、「当然だにゃ」と堂々としてたね。
花火は丸いモノをよく転がしてたね。リンゴもカボスもみんな転がしていたね。
どっちが花火かわからなかったよ。
う〜んと伸びをして天井を持ち上げていたね。ストーブの上のヤカンの音が花火は好きだったね。
私は・・・花火を見るとき、いつも笑っていたね。

キャットタワーの天辺の花火
ここから立ち上がり、天井を持ち上げるのです^^


今もキャットタワーの天辺に花火の面影を探しつつの日々です。
でも、きっと大丈夫です。


今回はメソメソ想い出話編でした。



さて!ワカメちゃん、引き続き里親募集中です^^
よろしくお願い致します。

食器棚の天辺のワカメ

いつでも里親募集中

次回は、お届け完了した子たちの事を書きますね。
12月だというのにご報告が遅れていてすいません(>_<)ゞ