2017年5月27日土曜日

猫の時間の流れに身をゆだねてみる・・・

寒い寒い外を眺める牡丹くんの後ろ頭。 
お外がとっても気になる、お餅的な頭に、
ミカンを乗せたくなる衝動に駆られる(笑)

昨年の11月は、人生の中でも忘れることのない、どん底に突き落とされるような出来事があり・・・私の心は「よくもまぁ普通にしとるな〜」なんて思う日もあり、脳内映像では「やっとれすか!」と机をぶん投げている感じでした。
こうして時間が経ったので言えるのですけどね。

そして、
前回書かせて頂いた、ひつじ&2B(れいちゃん・ゆう君)お届けを最後に、私は猫活のペースを一気に落とし、日々をなんとか回すのみとなっていきます。

ヒカリちゃんの譲渡会参加も一切なくなり、「いつ里」に掲載させて頂いていたヒカリちゃんの里親さま募集記事も6ヶ月を過ぎ、いったん掲載終了となってしまうという。
本来ならば、すぐに掲載記事を手直しし、再掲載すべきところ、
再掲載することなく(実際はしたくても出来なかったのですが・・・)、
このブログは、ちょいちょい時間が空く事があったので、「まあuzumakiさん、忙しいんだよね〜」くらいな感じで(苦笑)許されて?いたのかも知れませんが・・

外は冬となり、1Fにてスズメを見つめるヒカリの後ろ姿。
何もしてあげられなくて、ごめんね。
でもヒカリの天真爛漫さに救われる日々。

私ごとで恐縮なのですが、
う〜ん、私のブログなので私の事を書いたって良いのですが、概要だけ?(苦笑)チラッと。

ちょうど、ひつじ&2Bを保護してすぐ、いつもと変わらず大車輪の如く日々を回していた私なのですが
職場の健康診断+αの結果で、急転直下、奈落の底へ突き落とされます。
「至急、再検査を!」と紹介状つきの検査結果を受け取り、不安はありながら、でも「まあまあ、きっとどうって事ないわさ」な〜んて気持ちで、病院選びも「ここでいいか」くらいな感じで再検査を進めていく段階で、命に関わる危ない病気が見つかりました。
「奇跡の早期発見」「職場の健診さまさま」なのですが、恐怖は変わりませんでした。

その時、私は「先生、お願いです!命だけは助けて下さい!」と号泣する、なんて事にはならず、ただただ呆然としてしまいました。
自分のことのようには感じられず、俯瞰で見ている自分がいました。

「嘘みたい」「よくわかんない」

慌てたのは夫で、
「ごめんね、私、良くないみたいで今から緊急でいろいろ検査をする事になったから、子供のお迎えと猫ちゃん達の事、お願いね。」と電話すると、彼は私には「わかった!」と言い、
職場には
「すいません!妻が〇〇になりましたんで、帰ります!」と仕事を早退し、病院に飛んできました。彼の方が怖かったのかも知れません。

私は、
「うわ〜困ったな・・。勘弁して欲しいな・・。」

というのが、正直な気持ちでした。
私は、脳天気でもなく頭が弱いわけではなく(たぶん)、ごく普通のおばさんと思われるのですが、自分が命に関わる病気になるなんて事は、想定外でした。
考えた事がなかった。

5年前に母を亡くし「もうどうやって生きていったらいいの?」と目の前が真っ暗になったけれども、なんのかんのとちゃんと生きてきました。
猫のトマトちゃんを亡くし、「我が家じゃないみたい」と肩を落とし、クコを亡くし、「ごめんね」と泣き崩れ、花火を亡くしたときはのたうち回って、「耐えられない、この家に花火がいないなんて、認められない」と歯を食いしばり、
胡つぶが行方不明になったとき、内面が裂かれるような思いをし、初めて人に対して殺意を覚え、
市松が亡くなったときは、「出来る事は全部やった、仕方がない、よく頑張った」と言い聞かせつつも膝をついたその膝下が砂のようにサーッとなくなり深い沼みたいなところへ落ちていくような、そんな気持ちになりました。

それでも、今いる猫ちゃん達の毎日の変わらぬ日常と、
何よりも自分の産んだ人間の(当たり前か)子供の成長は、私を闇の世界からスッと現実の世界に引っ張り戻してくれ、尚且つ喜びや生き甲斐も与えてくれました。

私の立っている今の場所は、私一人の意思で「もう止〜めた」とピョンと飛び降り、止めてしまうことは出来ないのだ、と思っていますし、
そんなつもりは一切ありません。
子供を育て、猫ちゃん達のことをする、仕事をし、家事をし、ちょこちょこ遊び、そんな私の人生は、特に劇的な事も起こらず、かといってそこそこ幸せで、このままずっと続いていく、と思っていました。

そして、私はとても強いのだ、とも思っていました。

母を亡くし、トマトを亡くし、クコ、花火、市松を亡くした段階で、私の人生の中で5本の指に入るような悲しみはそうそうないのではないか?怖いモノなんてそうそうないのじゃないか?と。
あの時期は辛すぎて、そう思おうとしていたふしもありますが、
子供は当然、私より先に死ぬなんて事はない、と信じてますし、

このあと、私のすべき事は、子供を育て猫活をし仕事を続けというベースがあり、
父の介護・看取り、そして子供が巣立ち、夫の介護・看取り(ふふふ)、その後はのんびり猫活友人とお茶をしつつ、残りの人生を楽しむ予定でおりました。はっはっは

100歳とはいかないにしても、
自分が大病する、とか
自分が死ぬかも?とか考えていなかったおめでたい人間でした。
だって、やらなくちゃいけない事が山盛りあるのですもん。今、死んでる暇なんぞないわい、と。

今回(結果から言うと治療はかなり辛かったですが、今は命には別状ないです!大丈夫です^^)
自分の命がこの段階で尽きることがあり得るのだ、と思い知り、恐怖にさらされることになります。
まずは、自分の子供のことを考えました。
離れることも耐えられないですし、ずっとずっと成人するまではそばで彼の成長を見ていくことは当たり前で、私からそれを取り上げられたら、と考えるだけでゾッとします。

そして、猫ちゃん達のこと、今いる猫ちゃん達は当然私が最後の最後までお世話をし、あとに残すなんて事は想像だにしていませんでした。
うちの子、保護猫ちゃん、合わせて10匹以上の我が家の猫ちゃん達の事を、私がせずに誰がするの?と、夫もやってくれるでしょうが、名人(自分で言ってしまう?)である私と同じレベルのことを彼に課すのは酷というモノでしょう。

私に替えはいない。

(仕事も大切ですが、仕事に関しては私の替わりはいると思っています。)

色んな事が頭の中でグルグルし、足が地面をしっかり掴んでいないような感じの時間が過ぎていきます。
人ごとのように実感がないまま、厳しい検査・検査・また検査をし、具体的な入院・手術の日程やら、化学療法・放射線治療の日程やら、どんどん決まっていき、私はベルトコンベアーの上にいるような錯覚に陥ります。

「なんか怖い・・」

その間、何事も起こっていないかのように、日常は回していました。家事も仕事も育児も猫ちゃんごとも。ひつじと2Bのお届けも。

この頃に、猫の先生にお守りとして頂きました^^
「またまた猫医者に訊け」を持参すると裏表紙にこの御朱印が頂けるんです。
作画:くるねこ大和さん
私ももちろん頂いているのですが、これは特別に頂いたモノです。
「頑張れ!闘うばばあ、すげえな、おれには怖くて出来ない」と言われましたぜ。
ふふふ、ばばあっつったな〜σ(`´メ∂
でも、本当は優しい猫の先生なのであります。


私の主治医は言いました。
「私の仕事は、あなたの体を切って悪いものを取り出したり、病気を強い薬で治療をするだけじゃないんだよね。
あなたが元いた場所にあなたを戻すのが仕事だから。
あなたは仕事を辞めたりせず、今楽しんでいること頑張ってやっていることを諦めたり遠ざけたりせず、又出来るように、人との関係を断ち切ったり退いたりせず、堂々と、でも頑張らずいて欲しいんだよね。
頑張るのは、私と看護師が頑張るから。」と。

目からウロコというより、水道管が破裂したかの様な涙が出ます。
やっと、私がここから通るべき厳しい道に対しての実感が湧いて来ました。

「ただごとじゃないんだな。」と。

看護師さんは言いました。
「これは、家族や周りの協力がないと乗り越えられない病気です。一人では無理。私は看護師をさせていただいているけど、この病気にはなった事がないのです。
本当の意味ではHさん(私の事)の恐怖や辛さはわからない。
でも教えて下さい。何が辛くて何が不安で、その時その時、自分がHさんに何が出来るのか、全力で考え、寄り添いますので、少しの事でも私に弱音でも毒でもなんでも吐いて下さい。」と。
(実際にこの看護師さんを含めたこの病院の看護師さんは素晴らしく、
少しの私の不安や変化も見逃さず、いつも寄り添い手を握って下さいます。
自分の頭の中の知識をひけらかすことなく、それでもその知識と長い経験に裏打ちされたプロの技で、ただただ私の痛みと恐怖と辛さに寄り添い、少しでも私が楽になるように考え、声をかけて下さってます、すごいです。)

私はポロポロポロポロ泣きました。
先生を、看護師さんを信じよう、絶対負けない、元いた場所に戻るのだ、と心に決め、今に至っています。
そして、実際に、この治療の数々が想像以上に辛く苦しいものだと知るのも、もう少し後のことになってきます。

12月1日にザラメちゃんの父さんより
「祝3年」のメールを写真を頂きました^^
幸せそうなザラメちゃんの姿は、励みになりました。
又、元いた場所に戻るのだ、と強く思いました。


まず「元いた場所に戻る」為に私は、
病気を隠すことなく、心を開いて、近しい人に「助けて欲しい」と伝えていくことにしました。
まずは子供の事です。私は母親を亡くしており、父親も病身。1番気軽に頼める自分の親はいない、と捉え、いとこや友人に頼り、
子供とは今まで離れることもほぼなかったのに、入院だ手術だ、でかなり不安な思いをさせてしまう、
学校や学童にもサポートして頂けるよう、自分の置かれている状況をお話しして、協力して頂けるよう、何かの時に助けて頂けるよう、お願いしました。

子供にも本当の事を話しました。これから私は入院したり、手術したり、とても辛いお薬を体に入れたり、あなたの事をちゃんとやってあげられない、と思う。
でも、私もあなたの助けがないと戦えない怖い病気なの、と一緒に頑張ってくれる?と。
8才の坊主が「うん!ママなら乗り越えられるよ。僕も頑張る。」とその時は言いました。

私がきちんと心を開けば、周りは全ての人が優しく温かく、助けてくれました。
私自身のこと、子供のこと、猫ちゃん達のこと、直接的に助けてくれる訳じゃなくても顔を見に来てくれたり、離れていても「頑張れ!」とエールを送ってくれたり、
今現在も、出来る事が増えてきたとは言え、やはり人に頼り、友人や隣人に助けてもらう事もまだまだある日々を送っております。

病気を知ったときは、「なんで?なんで私なのだろうか?」と思わないでもなかったですが、
今は、「これは奇跡だ、こんなに支えてもらって、成り立っている。」とありがたく思っています。
体がどん底に辛く、動くのも食べるものままならないような時は、人の温かさ(逆も然り、人の冷たさも・・・)が元気な時とは比べようもないほど敏感に感じられます。
身に染みる、とはこの事だな、と思いました。

今まで当たり前に出来たことが出来なくなり、当然のことが当然ではなくなったり、
自分が思っていたことと違う形で跳ね返ってきたり、色んな事に気づきます。
本当の人の優しさ、深さ、度量の大きさというのは(くどいようですが、悲しいけど、逆も然りです)、
元気な時は、さほど理解できてなかった・・・。きちんと見えていなかったです。
こうなったから、気づけた、こうなったから、感謝が出来た。
色んなモノが見えてきて、自分の浅はかさも見えてきました。何を見ていたんだろうと思うことも多々ありました。

今はまだ体が辛いので、何も言えませんが
いつか乗り越え切った時に、この経験は残りの自分の人生の糧になる、と確信をしています。
どえらい強いおばさん、そして優しいおばさんに私はなってるはずです。(あくまで予定ですが、苦笑)

冬のリアンちゃん(我が家ではオカッパちゃん^^)
久しぶりにナマに会いたいな、
私の事なんて忘れてるんだろうな(苦笑)


そして、「この経験」の中には、
私が猫と同じ時間の流れで過ごす、という見方を変えれば、なんとも幸せな経験も含まれています。
入院するギリギリまで仕事をしていましたが、
退院してからは、何をするわけでもなく、ジッと家にいました。
そのうち化学療法が始まりましたので、副作用に耐えつつ、重く怠くなっていく体を横たえ、お腹に猫を乗せ、股に猫を挟み(結果的に、笑)、同じ枕を猫と分け合い、日中を過ごしていました。

「こんなに猫たちとベッタリ一緒にいられるとは」と
しんどくなっていく体とは裏腹に、忙しすぎた日々を振り返りつつ「これもありかな」と
猫の事を同じ目線でジッと見ていました。
本来なら仕事している時間も、私は、ただただ寝ているしか出来る事がない時期が続き、猫を横目に「よく寝てるんだな、だから寝子(ねこ)とはよく言ったもんだな」とか。
取るに足らないことを思ったり(笑)。

お正月のジル君(アル君)かわゆいな〜
幸せなんだな〜と見入った1枚。
少しお太りになりましたね(笑)
このところ、ジル君かあさんが作るカヌレが食べたい!とこの写真を見ると思います。
食欲が少しずつ復活してきたと言うことと、それくらい美味しいのだ!


色んな発見もありました。
私が勝手に猫ちゃん同士の相性を決めていた事が発覚します。
猫ちゃん同士がわざと仲の良くないふりをしたり、演技をしていた可能性が出てきました(笑)
私が思っていた、この子とこの子は相性が良い、悪い、はけっこう1日通して見ていると
「え??この距離でもケンカしないの?」とか「あれ?もっと仲良しなのかと思ってた。」とか、外れていたまではいかないにしても、意外や意外な猫たちだけの社会がこの家にはありました。

人がいない時間、猫ちゃんだけ時間は、新鮮でした^^

いつもは、仕事でいないはずのかーさんが、ずっとベッドで一緒に転がっている・・
猫ちゃん達はざわつくのかな?と思っていたらば、わりとすんなり受け入れてくれまして、
受け入れたというよりは、
『世話をしてくれる人間』という扱いではなく、
『何も出来ないでくのぼう』的な扱いを受けました(笑)
ソッとされていた感じです。

語らなくても私の匂い、オーラから全てを悟る猫たちは、
いつものように「ごはん!早くごはん!」とか「ぬるめのお湯をもて!」とか
「かゆいの、顎の下をゴシゴシして」とか「撫でれ!」とかの要求をしてこず
ただただ、つかず離れずで一緒の時間を、一緒に寝っころがって過ごしました。
完全な「おみそ」扱いでした。(知ってます?この言葉。笑)

今思い出すと、
動けないはがゆさ、何かを考える事も出来ないくらいの気分の悪さ、とにかく不調、
普通に動ける事の幸せを骨の髄まで思い知った次第です、はい。
猫にまで気を遣わせたのですから(苦笑)。

残りの私の人生は、元気になりさえすれば、猫たちの下僕としてセカセカとお仕えしようと、誓ったんです。
「元気」ということが、それが1番の幸せなのです。

私のベッドの上でいつもいつも小競り合いをしている
カンロとヒカリ
癒やしのひととき。ヒカリちゃん後ろ足、やばいです。

もっとやばい動画です^^


そして、何にも出来ないと見せかけ、私はしっかり猫ちゃんを保護したりなんかしたりして(苦笑)、
これはこれで、病気ですな。
呆れる周りを尻目に
3月の2日は、桃おくんを捕獲、去勢し、ワクチンをうち、虫ノミ駆除OKでございます。

桃お♂約1才ちょっと。短足・ずんぐり・歩く姿は
オオサンショウウオな桃お君は、私のドストライクな可愛さ^^
たまらん、ですわ。
お陰様で早々と里親さまが決まり、7月に緑区に婿入りです!
ありがとうございます。

そして、またまた・・

ものすごくお腹を空かせた女の子が舞い込んできまして、
仔猫を産んでしまわぬよう、もしかしたらもう産んでいて、育てていないか
慎重に彼女の動向を見守りつつ、
「こんだけ長い時間、うちの縁側に寝転がっているって事は、仔猫はいないよね」と
がっつり保護。避妊手術、ワクチン、完了です。
あとは、人慣れするだけ、これが大変(苦笑)

胡梅(こうめ)♀ 生後約8ヶ月
こちらは少し懐くのに時間が掛かりそうですが、
リリースも出来ず(苦笑)。

また、胡梅の可愛らしい写真を撮ることを目標にしつつ、この子達の事も書いていきますね。

さてさて、
今回、辛い中でも発見あり、私以外の家人がとても強く頼もしくなっている事にも気づかされました。猫ちゃん達も然りですが、

8才の息子が、何にもわかっていないのでは?と思っていたのですが、
彼はちゃんとわかっていて、母親が病気で、手術で、という自分の不安を近しいお友達にお話ししていた事が後から発覚します。誰にでも話していた訳でもなく、本当に聴いて欲しいお友達にソッと話した様子で・・・ビックリしました。

へ〜

と成長を感じました。大人の私も不安を友人に聴いてもらうとスッと楽になります。
うちの子もそうやってお友達に話していたんだ、と心がシンとなりました。
どうやって話したのが、後ろからそっと覗いてみたい気持ちにもなりました^^
私が思っているより、ずっと子供も子供の社会で、いっぱしになっていっています。
きっと、彼も今回の事を乗り切ったとき、強く優しい子になっている、と私(バカ親、苦笑)は思っています。

そうやって考えてみると、猫ちゃん達も不安だったでしょうか?
「あいつも不死身ではないらしい、ちょっと優しくしてやるか。」な〜んて猫ちゃん同士で話していたりなんかして。
間違っても「かーさんが体調悪いみたい、どうしよう?大丈夫かな?なにか自分たちに出来る事をしなくちゃ!」な〜んてざわつく事はありませんでした(笑)。
猫って、そんな感じなんです。

でも、いてくれるだけで圧倒的に元気や癒やしをもらえる、という。
そんな愛すべき存在であります!


4月いっぱいで辛すぎた化学療法が終わり、それが抜けるのに苦しみ、
今は、新しい治療とと共に出来る事が少し、また少しと増えてきてます。

あと、もう少しです。







2017年5月19日金曜日

私のすべき事は・・・(ひつじと2B)

ひつじ♀と2B(にいびい、名古屋弁読み)♂
現:れいちゃんとゆう君
まあ、可愛いったら可愛い!

昨年の夏、流行に流行って社会現象にまでなったポケモンGO、
賛否はあるでしょうが、賛否についてはここでは触れません。

テレビやネットで観たり聴いたりするだけで「あんなに面白いのかしらね〜?」とかなんとか言ってたのですが、さすがに我が家8歳児が今までポケモンなんて観せたこともないのに、小学校や学童で色んな情報を仕入れて来て、「やりたい、やりたい!」となりまして・・・

当然、子供に携帯は持たせていませんので、私のiphoneにインストールすることになります。やる時間は私と一緒の時、1日30分まで!といろんな約束事をし、始めました。

始めてみると、
こ、これは、お、面白い!(してやられた感も当然あります、大きな顔して「はまってます!」とも言いにくい状況ではありました。苦笑)

お恥ずかしながら、子供と2人、キャーキャー楽しんでおりました。

やっていない方にはさっぱりわからないので、恐縮なのですが(わかる人には痛いほどわかって頂けるかと・・)
ヘビーユーザーではないにしても、ルールみたいなものがだんだんわかってくると
ポケモンを捕獲するために、モンスターボールというのが必要なんです。(書いてて恥ずかしいんですけどね)
そのボールがもらえるのは、仮想の世界の中ではありますが、実物の公園の滑り台のトコとか郵便局とかにあるポケストップなるもののトコまで実際に行って、ボールがもらえるんです。家にいてはもらえないのです、そこに行かなきゃ!
とにかくこのボールが必要なんです(苦笑)。

仕事終わりで夕方に自転車を自宅に置き、車に乗り換えて学童へ子供を迎えに行く私、
彼を迎えに行くと、以前ならサッと帰宅するだけだったのですが、

このポケGOにはまっている親子は、ポケストップ巡りをしてから帰宅するというルーティンになりました。今だから言える私の秘密、的な(笑)
息子にiphoneをもたせ、私はゆっくりめに車を運転をして、「獲れた?」「うん!」と何個かポケストップを巡ってからの帰宅。

「なんで、あそこまではまったかな?時間もったいなかったかな?」とは思いますが、
上手に出来てましてね、楽しかったんですよ〜(言い訳がましいですが・・・)

と、こんな毎日の中、まっすぐ帰ってれば何も見つけないのに、そこは私です。
10月の下旬にさしかかった、あるシトシト雨の降る夕暮れ時に
サササッと車の下から車の下へ動く綿毛のような物体を発見!
この素晴らしい動体視力!(また自画自賛ですな)

「猫ちゃんだわ、まだ仔猫かな?絶対かわいい!」
何も迷わずハザードをつけて車を停車させ、子供に車から降りては駄目だよ、と言い
(あなたが来ると猫が逃げるから、とは言わず、苦笑)
公園横に駐車してある車の横に這いつくばって、猫を探す私です。
こんな事してたら、そのうち通報されて逮捕されるだろな〜とか思いつつも、

これから寒くなる、仔猫であるなら絶対保護したい私です。
しかしこの日は見つからず、諦めて帰宅しました。
こういうのが1番、辛いのです。ずっと片思いの少女のように一目しか見てない仔猫ちゃんの事ばかり考える私なのでした。

これは明るい時間帯に行かねば!

お隠れになるひつじ、やっぱり絶対可愛いかったのだ!
ノラさんの子らしく、人になついていない・・・(^^ゞ
港保健所で捕獲器をお借りし、準備万端!そして
子供を迎えに行った後、モンスターボールをとりつつ(苦笑)、件のフワフワ猫ちゃんの姿を探す毎日となります。「急がねば!」

私は、「みなと猫の会」のちび太郎さんの協力を得て、捕獲に乗り出します。
場所は我が家からほど近い公園の横、とあるお店の駐車場とそのお店に隣接している一戸建てのお宅、ここが怪しい。
1回目はわりと明るい中、探すも、あの仔猫のお母さんかな?と思われるメス猫さんを見かけたのみで、そのお宅の方がごはんをあげているのかな?と今度お話しに行かねばね、とか言いつつすごすごと帰って参りました。

そして、最初に見かけてから1週間ほど経った日、

「いた!」

私はまず子供と帰宅し、ご飯を食べさせ、「なんだかな〜」と納得のいっていない夫に平謝りをして、あとの事を託し、捕獲器を持参し、件の場所へ颯爽と出掛けます。
時間は夜です。頭の中ではなぜか『ターミネーター2』のGUNS N' ROSESの曲が聞こえていました。良い感じです、必ず捕獲するぞい、と。
またちび太郎さんの協力を得ます。
※詳しくはちび太郎さんが書いて下さってます(^.^) みなと猫の会〜こぴっと猫便り#仔猫の捕獲

なんのかんのと捕獲完了、ふわふわちゃんには、黒い兄妹猫のおりまして、まとめて捕獲!
なんと!きゃわゆい(#^.^#)まあどうしましょ!

生後3ヶ月くらい、虫・ノミ・皮膚病のトリプルでした(^^ゞ
夫は怒っていました(@@;)
あの、仔猫に仔猫に又、仔猫、
の苦労の連続だった夏が終わったばかりの10月下旬、
ヒカリちゃんに至っては、まだ里親さまは決まっていない、なのに又??
しかも、家で「待ち」の状態以外の捕獲は、もうやめて!と言ったよね??と。

ごもっともでございます。本当にごめんなさい。人間の子供の世話を押しつけた上、
このやりたい放題の妻でございます。
そして、出てくる言葉はいつも「だって!見つけちゃったんだもん!」とまあこんな感じ。あきれますよね〜?(苦笑)
うちの子が「だって!」と言えば「だってもあさってもな〜い!(>o<)」と怒るくせに自分には甘い、猫にはもっとアマアマの私です。

怒られて当然なのですが、でも夫の協力なしには仔猫の保護は成立するわけもなく・・・。
ほいでも、もう捕獲してしまったもの・・・
後戻りなんて出来ないし、

そして夫の扱いに長けている私は、帰宅の前にひつじの写真を送りつけ少し時間をおく。
そして知的美人なちび太郎さんにも一緒に家に行ってもらう、という技を使う。
そして、この可愛らしい2匹ちゃんを全面に夫の前に差し出す。

するとどうでしょう。プリプリモードだった夫の顔が緩み
「どうせ、反対したって連れてくるんでしょ〜?って思っとったよ〜(名古屋弁)
何〜?もうっこの子達、可愛いな〜」と幾分ソフトになっとりました。

は〜
いつもすいません。
そうなんです。私に限らず猫ちゃんをこうして保護する人間は、何かと言われがちです。
里親さまになって下さるような方々には、「すごいですね、なかなか出来ない事を」なんて、よく言ってもらえたりするのですが、違うんですよ。
我慢強い夫の協力あってこそ、そして「これが我が家」と思い込んでなんの疑問も感じず獣医さんについてきてくれる子供の存在があってこそなんです。
そして、ちび太郎さんのように何をおいても応援に駆けつけてくれる心強い協力者がいるからなんです。
私一人では、とても出来てこなかったのであります。

裏を返せば、そんなに簡単なことではない、とも言えるでしょう。

ひつじ♀仮名ではありますが、他の名前は思いつかなったです。
フワフワで、ほんと可愛い!
さて、この2ニャンコ、あまりなついていないだけでなく
ノミと虫とカビまで持っていらしゃいましたが、
必死の獣医さん通いと家猫修行を経て、仔猫だったこともあって
あっと言う間に人慣れ、病気も完治(と言ってもカビは他の子に移すといけないので隔離の上、慎重に時期をみる必要があります)していきました。

2B(にいびい) この子も又可愛らしい子です^^
性格も良いときたもんだ。
名付け親は小2のうちの子、2Bのえんぴつが彼の定番ですので(^◇^;)

カビがあったため、
譲渡会に参加するより先に、ペットのおうちといつ里にこの可愛らしい2匹ちゃんを掲載させて頂くと、あっと言う間に里親さまが決まりました^^
本当に可愛い子達なのですぐに決まるだろうとは思っていましたが、とても素晴らしいご縁を頂きました。しかも2匹揃って里親になりたいと言って頂き、この子達にとっても嬉しい限りでした^^

ありがとうございました!これまたご報告が遅れまして申し訳ありません。

お届けは11月の下旬、カビが完治した頃になります。
れいちゃんとゆうくんをいう名前を付けて頂き、常滑市(ここも又ポケGOの聖地と言われてますね、オチはここでしたね〜、笑)の大きな大きなおうちの子になりました。
グランドピアノがドーンとリビングにある邸宅で、ビックリ仰天でございました。
素敵なご夫妻と成人されたお子さん達の家族になりましたよん♪
ありがとうございました!

お届けの日の2ニャンコ「ドキドキだにゃ」
この子達と一緒にいられたのは、ちょうど1か月ちょっとの短い間でした。
でもでも、こうして「必ず幸せになる」とわかっている子達との時間は本当にありがたく、
あのお店の裏口で、室外機の横の段ボール箱とお店の灰皿をご飯茶碗の代わりにされていたあの日を思い出すと
「よかった、諦めなくて」と思う私でした。

ちょうどこの時期に私は地獄に真っ逆さまに落ちるような恐怖を味わうのですが、
今も闘っているのですが、辛くて泣きながらもこの子達を見ると笑顔になり、
色んなことを乗り越える事が出来ました^^
(いつか書ける範囲で、書きたいとは思ってます。)

'16.11月頃のすずらん♀
今も絶賛家猫修行中
さてさて、こうしてご縁を頂ける子もいれば、「まずは人に懐こうか?」な大人の猫たち、ゆっくりではありますが、確実に人との暮らしに慣れてきてます。
このすずらんは、「三日月」と「朝顔」のお母さんです。可愛いですよ〜
私がリリース出来ずに(苦笑)、我が家にいます。頑張ろうね!

そして、
'16.11月頃のクワイちゃん、未だイカ耳
遅れをとっている大人猫チーム、
だんとつ遅れをとるクワイなのでした・・・トホホ

家猫修行中の子達の中で、まったくもって人慣れに時間が掛かっているクワイちゃん、
お声は掛かるモノの「いつになったら懐くのか?」サッパリ先が読めず、
「4〜5年掛かるかもね」との猫の先生。ガ〜ン!焦る私。
この見た目ですもん、人に懐いてさえくれれば絶対幸せになる、必ず幸せな終の棲家を見つけたい!

私は考え、悩み、閃きました(ちょっと大げさかも?)

このワンサカ猫ちゃんがいる、ハイパーな動きをするやんちゃな人間の子がいる我が家に問題があるのかも?と。

この度、ヒカリちゃんの里親さまに「預かりさん」になって頂き、ご夫婦二人に静かな環境、猫ちゃんはヒカリちゃんだけ、しかも!あこがれの猫コタツ!という素晴らしい環境での家猫修行と相成りました^^
ヒカリちゃんのとうさん、かあさん、本当にありがとうございます!
よろしくおねがいいたします^^

ヒカリちゃんママは絵を描くひとなのだ!
素敵・・・(#^.^#)
そしてそっくり!可愛い〜
ヒカリちゃんの輿入れは又、後日きちんと書きますね、
たくさんの応援、ありがとうございました!

泣けるほど愛されているヒカリちゃん(^.^)
これも又そっくり!
この幸せ、伝わりますでしょうか?
ヒカリちゃんはどえらい赤い糸を引き当てましたよん♪

あっ著作権的に大丈夫なのかしら?ヒカリ母さんに訊かなきゃ!(笑)











2017年4月18日火曜日

お母さんだけに許されたことなのだぁ♪

みずほ♀ 生後1才半〜2才
きれいな三毛猫・元お母さん猫でっす
絶賛家猫修行中、よろしくです!
お久しぶりになります・・・(^^ゞ
色々なことがあったにも関わらず、書けない理由もあったりしまして、
こんなに間が空いてしまいました。ぼちぼちいきます。

写真は、みずほちゃん、去年の5月に名古屋のM区の公園にて、仔猫を5匹産み落とし
必死に守っていた健気な彼女であります。

H28.5下旬、保護られ我が家へ。生まれたてホヤホヤの仔猫を
育て守ることに一生懸命な健気なみずほ

子ども達がたくさん遊ぶ公園で仔猫を産んだみずほちゃん、
子供経由で「大変だ!どうしよう?」とuzumakinecoさんなら!猫のことなら!」と悪気なく私に連絡してきた知人でした。

こういう事は初めてではないので、良いのですが・・・。
口では
「その場限りの事では駄目だから、ある程度の覚悟をもって出来る事をして欲しい」だの「継続的支援が出来ないなら、本当は手出ししてはいけないんだよ」とか
「里親さまに繋いだりある程度の協力は出来るし、私に出来うる事はするけど、あなたもある程度は頑張って欲しい」だの、けっこう冷たいきつめの事を言う私です・・・(ごめんなさいね、ホント)

この人なら何とかしてくれるとすがるように電話を下さったその知人も
第一声がそれでは、「思っていたのと違う。私は、良かれと思って・・・」とさぞかしガックリきたかと思います。
しかしながら
知らない、わからない、悪気はなかった、ただ可哀想だと思ったというのは、大変申し訳ないですが、「罪」だと思いました(T_T)

でも聞いてしまったら、
耳に入ってしまったら、
ほっとく事は出来ないんです。そういう人種なんですよ、私達のように猫ちゃんの保護をする人間というのは。

少しの想像力で、ある程度の事は推測できるように私は思うのです。
シャーシャー怒っているお母さん猫と5匹の生まれたての仔猫、場所は子供の遊ぶ滑り台の下、次の大雨で仔猫たちは死んでしまうでしょう。
この一家を何とか助けようと思ったとき、
ああどうしよう、自分にはとても出来るわけがないと思ったとき、
私なら、ちょちょいのちょいちょいと魔法使いの様にサッとなんとか出来ると??

私は、魔法使いでもなければ、大きな力があるわけでもなんでもなく、自分の出来る範囲の身近な猫さんのことを手助けしているに過ぎず、小さな力と頑張りしかないヘナチョコ一般人です。
でも、まったく何も知らず、初めてこんな猫ちゃん一家に遭遇してしまった人よりは、
経験もあり、知識もある、その分、ものすごい険しい道のりが待っているのはわかっている、とまあ、たったこれだけの差です(^^ゞ。
これだけの違いだけです。大変なのは一緒です。

もっともっと多くの猫さんの保護をしている方々や組織の方とは違います(この大きな方達ももものすごく苦労されて何かを犠牲にしてやってらっしゃるのです)、
でも違いながらも道を外れずやってきた、というプライドはあり、
出来る事しかしていない、出来ないだろうと中途半端になって逆に可哀想なことになる、とわかっている場合、自らは首を突っ込みません。私には私の容量、キャパがあるんです。
よって、わざわざ不幸な猫ちゃんがワンサカいそうな場所には自ら行きません。
見ざる聞かざる・・・です。

「見たら負け」

なのですが、口ではきつめの事を言いつつも、
猫ちゃんを飼ったこともない、ましてや保護なんて出来るわけない、それでも子ども達の「猫ちゃん、かわいそう、どうなるの?」という純粋な気持ちを思うと、その方が一人で頑張れば?と突き放すことは出来ません。それは酷です。その方も今回の事でしっかり学ばれたと思いますし。

結果
「聞いてしまっても負け」でした(苦笑)。

子育て頑張るみずほ。仔猫達5匹はすくすく育ちます
(みずほはシャーフー怒ってますが)
そして、すったもんだはありつつも
みずほちゃんの名付けたこの綺麗な三毛猫母さんと仔猫ちゃん5匹は我が家へやってきます。
猫の先生に相談したところ、仔猫たちが900g越えたら1度見せてね、と言われ、あとは人間は出来る事はありません。
私はみずほちゃんが快適に子育て出来る環境を提供するのみ、
ただただ眺めているだけ、です。
そして、怒り狂うみずほから仔猫を1匹、又1匹と取り上げて体重を計る、というこれだけが私の仕事でした。

悲しいことに、みずほはコテコテのノラさん、人間に全く気を許していない、
おそらく初めての出産であろう、ということで、まだ1才にも満たない若いお母さんです。
全く知らない人間(私の事です(^^ゞ)、全く知らない場所、しかも住み慣れた公園ではなく人間のおうちの中も初めて、
全身の毛を逆立て、怒っておられました。
5匹の子におっぱいをあげつつ。


でも、
彼女がいたおかげで、
私は市松の時のようにほ乳瓶片手に必死で子育てをしなくても
仔猫たちは育っていきました。

今回、仔猫たちだけを保護することは簡単でした。
母猫のみずほの捕獲が大変で・・・「どうしよう?」と。
でもヘソの緒をついた仔猫たち5匹を私が育てる事を想像したらば、私は間違いなくひからびて死にかけるか、仕事にも行けなくなるであろう、それくらい大変な事になるだろう、と想像に易かったのと
このままお母さん猫だけほったらかしにして、良いわけがないですとも、はい。
又同じ事が続く事が怖かったのです。

解決にはならないだろう。

私は仔猫たちは必ずもらい手がつくことはわかっていました。
その後のみずほ母さん、「人に懐いていない猫ちゃんの不幸」を考えるとグッと腹に力を込めずにいられませんでした。
同じ名古屋市といえども違う区の遠いところまで連れて来られ(私とて区を越えての保護は初でした)、
仔猫ちゃん達がもらい手がついた後のみずほ母さん・・・
避妊手術は当然ですが、「用済み」みたいにリリースするのは、絶対に出来ない。
もともとリリースは、私のもっとも不得意な分野です(苦笑)。
困ったもんです。はっはっは

「リリースしないの?」という人や「お母さん猫は、元の公園に戻せば」という人の言葉に、「んニャロメ〜(-.-#)」と心に絆創膏を貼り、
ただただ一生懸命に子育てするみずほ母さんと5匹の仔猫たちを見つめ続けました。


みずほのおかげでスクスク育つ仔猫たち、離乳時、私の登場でございます(笑)
猫の先生に指示を仰ぎつつ、ad缶をねりねり、私も頑張りました、
仔猫ちゃんの体調や体温調節に苦戦もしました。
とにかく温め、温め、。

はい、走りました、猫の病院に。
「もう駄目だ、この子は助からないかも」という事態もありました。半べそです。
仲良しではない私とみずほ、協力し合えない関係ではありつつも、どうなることかと思いつつ、
それでも持って生まれた生命力もあったんでしょうね、5匹は離乳も完了し、ワクチンも打て、譲渡会も参加し、里親さまも1匹、又1匹と
順調に決まっていった、H28の夏でございました。

よく頑張ったな〜、猫も人間も。
この陰には、やはり犠牲になっている事柄はは山盛りあります。時間やお金だけの事ではありません。
もともとのうちの子達(人間を含む)は、あれも我慢、これも我慢のほったらかしです。トホホ
私は、一人しかいませんので。
こういう事も知って欲しいです。ただただ可愛い可愛いだけではないことを。


こごみ♀→ハコちゃん
中川区に縁づきました^^きゃわいい!

それでも、仔猫たちは本当に可愛くて、見ているだけで癒されました。


サビ猫・わらび♀→かりんちゃん
北区に縁づきました^^この後もっと黒が目立つ美サビに♡
1匹ずつ素晴らしい里親さまにところへお届けしながら、
寂しさ少々、それでも私は意気揚々と「良かった可愛いこの子達が幸せの終の棲家に行けて!」とはりきっておりました。

うど♂→はつ君
港区のご近所さんに縁づきました^^
1番猫の先生にお世話になったけど、結果1番やんちゃ♪

仔猫たちは順応性も高く、掴んだ幸せの赤い糸をしっかり掴み、
間違いない終の棲家に、巣立っていきました。猫保護する人間にとっても至福です。

つくし♂→立夏(りっか)くん
緑区に縁づきました^^
可愛すぎのお鼻の模様、1番人気くんでした!

その時にみずほ母さんの心のうちはいかばかりだったでしょうか、
「なに勝手に私の子を〜!返せ〜!」と言っていたでしょう。
聴くことが出来ていても、やっぱり私は里親さまに繋いだのですが・・・(^^ゞ

せり♀→せりちゃん
あま市に縁づきました^^
眼帯風(笑)母譲りの美猫です
譲渡会にこの子達に会いに来て下さった方、「ペットのおうち」や「いつ里」をみて応募して下さった方、協力して下さった皆さん、本当にありがとうございました。
お礼がこんな遅くなりごめんなさい。


そして、5匹の巣立ちのあと、みずほ母さんの家猫修行の始まりです。
「緊褌一番」です。
仔猫たちが900gになるまでは、みずほにも何も出来なかったので、離乳後にやっと避妊手術、ワクチン、ノミダニ駆除をしました。
仔猫は1匹ずついなくなるわ、訳のわからん所(獣医さん)に連れてかれてお腹は痛いことになるわ、で、みずほはさぞかし恐怖を感じた事と思います(>_<)

仔猫たちの前途洋々な里親捜しと違い、
懐いていない大人の猫ちゃんの家猫修行からの里親さま捜しは果てしない道のりであります。
でも、見ての通りの美猫のみずほちゃんです。時間は掛かってもなんとかなるはずです。

本当にいろいろな事があったので、流した涙も数知れずの日々であったので、
そして、猫ちゃんを保護する人として、私にだって意地とプライドがあります。
(一生懸命に猫活するおばさんを泣かした奴には、いつか天罰が下るであろうと私は信じてます。
ときどき顔を出すブラックな私です。笑)
必ずや人間にスリスリゴロゴロの子になって頂いて、5匹に負けないくらい幸せな終の棲家に繋ぎたい私です。
たとえ、どれだけ時間が掛かっても!

やはり若い猫だけあって、仔猫たちがいなくなったら「お母さん」であった事もケロリンパと忘れた様子のみずほ、絶賛家猫修行中です。
好奇心が強く、人間が行く場所に少し距離をおきつつ、くっついて来ます。
特に浴室が気になる様子^^今日も今日とて、ソッとお風呂に入る人間を覗いておりますよ。
人慣れしましたら、里親さまを募集します。宜しくお願い致します(^^)v

思い出せば
みずほ母さんが子育てをしていたあの頃、
我が家は瀕死のヒカリちゃんに、
元々の保護する予定だったピアノになると、と本当に大変だったあの頃、
みずほのおっぱいを飲んでいる5匹の仔猫を見ているのが、私の癒されタイムでありました。見飽きませんでした。
みずほは大迷惑だった事でしょう(苦笑)

立て座りのみずほ「ジロジロみないで!」と目で
言っております。

人間に懐いていないみずほは、ケージの中で限られたスペースで
私に見られているのを怒りながら、なんとか仔猫を隠せないだろうか?と思ったかどうかはわかりませんが(笑)、
仔猫の背中をキュッと噛み、くわえ、ちょこっと移動してみたり。
私は、『母猫が仔猫の首を噛んで運ぶ』図をこんな間近で見られて、
「ほえ〜♡」となります。

お母さんの愛に溢れている!!

お母さんだけに許された事なんだな〜とうっとり見てました。
私達人間は両手で抱いて赤ちゃんを運びますが、『お母さんの愛』は一緒、と感じました。
「みずほちゃん、上手に仔猫ちゃんを持つのね」と思わず賞賛する私でした^^


「猫つまみ」=人間が猫の首の後ろの背中辺りを持って、持ち上げること。
昔はよく見たのですが、(私の父方のばあちゃんがやっとった、と言う(-.-#)もうっ)
人が猫の首根っこを持つなんて、猫ちゃんが痛いのではないか、苦しいのではないか、と昔からすごく嫌でした。
見た目も本当に悪い、と私は思っています。

今はする人がいないと思っていましたが、
譲渡会に参加させて頂くようになった時に、そういう猫の持ち方をする方がいらっしゃって、衝撃を受けました。
私なら、なんの躊躇なく猫つまみしちゃう人からは、猫を譲ってもらおうとは思いませんから。
※これは「良い」「悪い」の話ではなく、あくまで私の主観の話です。

ずっとモヤモヤしてましたが、
猫の先生著「またまた猫医者に訊け」でモヤモヤは一気に解決します。
(P18のQ10でっす(*^^)v)
「猫の首根っこをむやみに持たないで、母猫だけに許された体罰(命に関わる危険を教えるため)だから」とありました。

ほ〜ら、やっぱし!

お母さんだけに許されたこと、
心がキュッとなりました。誰に教えられたわけでもないのに、猫ちゃんってすごいなっ♪


オマケ
僕もかまって!かまっての牡丹くん
いたってマイペース、いつも敷物と同化(^^)

感謝です
杏君、私の思い出深い里子くん
長生きしてくれてて嬉しい!
少し痩せようかな??
杏君のママより、外の子や保護猫ちゃんにあげて欲しい、と
キャットフードを山盛り頂きました。ありがとうございました!
なごやかキャット、と家猫修行中の子達に食べてもらってます^^
そして、杏君ママ、ご結婚おめでとう〜!同じ名字だにゃ(^^)vむふふ



ヒカリを抱くカンロ、癒され度200%!

そして!なんとヒカリちゃん、里親さま決まりました!
ありがとうございました〜
涙涙です^^






2016年9月25日日曜日

一人ではなかったからなのです。(ヒカリちゃん②)

譲渡会でのヒカリちゃん、
いつもはお転婆なのに・・ビクビク(^_^;
お話しは続いております。
ヒカリちゃんの保護をした日は6月の3日(たぶん)です。
ヒカリは命はなんとか繋がったものの危うい日々を過ごしていました。
仕事終わりで猫の先生のところに走り、輸液に注射にととにかく必死でした。

今思い出すだけでもクラクラくるのですが、
ピアノとなるとを保護できたのが6月の5日です(たぶん)。
もともとこの子達は私が必ず保護する!と決めてた予定の子達でした。

諦めませんでした。諦めなくて良かった、倒れなくて良かった私、と自分で自分を褒めるという・・・

保護られホヤホヤなるとちゃん、
健康で何より!保護主孝行な2匹でした^^

予定外だったのが、5月の下旬のみずほ母さんと5ニャンコ達、そして
ヒカリちゃんだったのです。

みずほ母さんと5ニャンコ
スクスク育ってました^^

苦しいながらも楽しい我が家、
ヒカリちゃんは瀕死の状況ではありましたが、
スクスク育つ仔猫たちは癒やしでもありました。
あの頃の自分の毎日を思い出すと、何をどうやってやっていたのか?
今もハッキリ思い出せないと言う・・・(苦笑)

とは言え、これは私の持論で絶対ではないのですが
(中には「否!」と思われる方もいますのでね、人それぞれと言うことで、ね)
保護したからには精一杯やるのですが、人の色々な大切な予定や行事は予定通り、
やはり人間が1番でなくてはなりません。
予定してた事は中止にせず、やってきました。
それは保護猫ちゃんのみならず、うちの子達とて一緒です。(大切な花火の最期の方も私達は予定通り猫の先生に託し旅行に行きました。ギリギリ看取る事が出来ましたが・・・。後悔してません。)

6月、それは我が子の誕生日があります。
こんなにワンサカと猫ちゃんを保護する予定ではありませんでしたので、
子供が行きたい!USJにホテルを予約してありました。
そして大阪には会いたい友人とコトラちゃんもいます。
たかが大阪と名古屋、されど大阪と名古屋、そうそう行き来は出来ません。

私達は予定を変えず、覚悟をもって出発します。
行く寸前に猫の先生に輸液と注射をしてもらい
ペットシッターをしている友人に全ての猫を託し、
もしヒカリに何かあったら猫の先生のところへ走って欲しい、間に合わなければ温かくして寝かしておいてくれればいい、とお願いして。

ある程度覚悟をしていました。ヒカリに何かあってもそれが寿命でそれが運命だと。
それくらい厳しい状況で、それでも私達は人間の子の誕生日にUSJに連れて行ってあげることを選びました。

お留守番のヒカリちゃん
よく頑張ったね!

「大丈夫だろうか?」と道中何度も夫と話しました。
でもここは振り切って、息子の為に楽しんで帰ってこよう。会いたかった友人とたくさん話をしよう、と確認し合いました。

シッターの友人からのラインを怖々開いていました。

ところが(と言うのも変ですが)届くラインは、とても明るい内容で
「大丈夫だよ〜!」と全ての猫ちゃん達の写真付き。
どう見てもヒカリだけは大丈夫な様子には見えませんでしたが、彼女に任せたのだから、彼女が大丈夫と言っているであれば、と大阪を楽しむことに専念しました。

友人は大変だったと思います。我が家の子だけでもけっこうな注文なのに、
仔猫に仔猫にこれまた仔猫・・・。
5ニャンコは離乳食がはじまり、ピアノ&なるとは目薬が必要で、
そしてヒカリは、死んでしまってもおかしくないような状況で・・・。
ご飯は自力では食べず、ad缶を人の手で口の中にねじ込むような食事風景。
私が普段やっているとは言え、プロのシッターさんとは言え、間違いなく大変だったと思います。

でも3食とも「み〜んな大丈夫だよ〜」しか大阪にいる私にはラインは来ませんでした。

ヒカリだけは大丈夫な訳はなかったのに。本当だろうか?と頭によぎりつつ
それでも子供の笑顔の為に違う意味でUSJで頑張る私達でした(苦笑)。

私達は大阪から戻ってすぐに現実に戻り、猫たちと対面。
私はドドドドド〜と2Fに駆け上がり、ヒカリと対面します。

ヒカリはケージの中で観音座りをして、こちらを見上げていました。
まだまだ危ういヒカリですが、ご飯も食べていたとの事でした。
「うそみたい」
座っているヒカリを見てウルウルしてしまいました。
うちの坊主の誕生日がヒカリの命日だなんて耐えられない、と怖かったのです。

ヒカリ、よく頑張ったね。

そして私は首をかしげます。
あんな瀕死な状況だったのにヒカリは確実に良くなっている。
丁度良くなっていく時だったのだろうか?とか考えました。
私は友人に「ヒカリどうだった?こんな元気になってきているなんて、どうして?」とききます。
そこで又、愕然として涙をポロポロこぼすことになります。

シッターである友人は、ヒカリを見た瞬間に「これはやばい」と思ったのだけど、とにかく温めてあげようと長い時間ヒカリを膝の上に乗せて人の体温で手のひらを使って
ずっと温めてくれていた、と言うのです。
そうすると自力で食べ始めた、と。
どれくらいの長い時間、一緒にいてくれたのだろう。
彼女はニッコリ「USJ楽しかった?天気が良くて良かったね〜」と言います。
そして「Rさん、毎日こんなに大変なんだね・・」とも。
グッときてしまいました。これが泣かずにいられましょうか?

しんどかったです。ずっと。
猫ちゃんの事もそして人間の子供の事も、全てが中途半端なような気がして
いつもいつも何かに追われて息つく暇もないような日々の中、私は子供のためと言いつつ一緒にちゃんと自分も息抜きが出来ています。
だから潰れずやってこれたとも言えます。

それは、
私は一人ではなくって、誰かがそんな時間を私をくれている、ということを
実感しました^^
ヒカリが気づかせてくれたことは山盛りあります^^

そして、その時を境にヒカリはどんどん自力で食べられるようになります。
地道な目薬でくっついていた目も不完全ながら開いて来ます。(この辺はやっぱり猫の先生はすごい!です。ヒカリのパッチリお目々を見る度に奇跡を見せつけられているような気持ちになります。)
輸液がなくても注射がなくても大丈夫になり、猫の先生のにもワクチン以外では走らなくなります。

そしてヒカリは、普通にお転婆な可愛い仔猫となります。

普通にお転婆な仔猫になったヒカリ
ちょっと涙目だけど。
そして、
普通よりちょっとお転婆だと言うことがわかってきます。
どんどん元気になり、ケージの外で過ごす時間が増えてきます。
譲渡会にだって参加しちゃいます。ちょっとビクビクします(笑)。

早々に里親さまが決まったピアノとなると、
いろいろありつつ、ちょうど可愛らしい盛りで里親さまの元に行くことが出来たみずほ母さんの子5ニャンコ、
遅れを取りましたが、ヒカリちゃんもここから幸せの赤い糸をたぐり寄せてくれるはずです。
平坦ではなかったここまでの道のりです。

幸せになって欲しい気持ちをいっぱい詰め込んで、今日も元気にすごすヒカリであります。

ヒカリちゃん、絶賛里親さま募集中
ペットのおうち
いつでも里親募集中

9月中旬に避妊手術をしまして、「お利口だったね」と先生に褒められました^^
抱っこする先生の手をケリケリしてましたが(苦笑)
是非ともヒカリに会いに来てやって下さい。
よろしくお願い致しますσ(^^)

ヒカリが本気で遊ぶとき、寝ている私や子供、他の猫ちゃんの背中なんぞは飛び石みたいなもので(あっタケシ城って知ってます?笑)、夫に至っては静止画でヒカリのことを捉えられない程です(呑んでるから、と老眼だからですわ、笑)。

あの半死の状況の頃を
あの苦しかった瀕死の状況を看てきた私は、
ヒカリに顔の上で踏み切られ、キズを負っても、それでも幸せを噛みしめるドMな夜を過ごしております。
ヒカリの未来に幸あれ!です。


ふく君(我が家ではコカゲ君)ペロッと舌だし^^
そして里親さまから嬉しい写真を頂く幸せ者の私であります。
「今日で3年になりました」と私がお届けしたその日にこうして写真を送って下さるというにくい演出をして下さるというMさん。
いつもありがとうございます!あの日のことはずっと忘れず覚えていますよ〜

里親さま、全てに感謝感謝です^^











正しいのは誰?間違っているのは誰?(ヒカリちゃん①)

ヒカリちゃん♀生後5ヶ月くらい
ペットのおうち
いつでも里親募集中
宜しくお願いします〜
「これで良かったんだろうか?」「何が正解だったのだろうか?」と
いうのは、よく思うことでして、

猫ちゃんを保護する全部の人達が、問題を抱えた子や命に関わる子はともかくとして、
呑気にとりあえずポンポンと猫を保護しているわけではありません。
皆、自分の許容量や自宅での我が家猫のこと、もちろん経済的なこと、いろ〜んな事を鑑みて、出来たら出会いたくなかったけど、出会ったんだから保護しましょう、頑張りましょう、とグッと腹に力を込め保護しています(と思われます)。

その中にあって、
特に私のように意志の弱い、情に流されやすいタイプの中途半端な奴は(人に言われると泣いてしまうのだが、自分で言う分には平気^^)
保護した後に、上の様なことをよく思ったりします。

この初夏は、千客万来でした。
もともと私は前ページに書かせて頂いたピアノとなるとを保護すべく、虎視眈々と捕獲器を借り、待ち続けていたのですが、
その間に
M区のみずほ母ちゃん(ある程度場所が確定されてる・・・)と5匹のヘソの緒がついた胡達を保護し、
子ども達がたくさん遊ぶ公園の滑り台
階段の下に、必死で生まれたての仔猫を守る
みずほ母さん
この子たちの事はそのうち書かせて頂きますね。

その後すぐに子供の学童保育にお迎えに行った際に「ヒカリちゃん」と遭遇します。

「非常にやばい状況」のヒカリちゃん
若い女の子が二人、この子を箱に入れてミルクを置き、「誰か拾って下さい」と古典的と言えば古典的なやり方で、まさにヒカリを遺棄するところでした。
そこに私、このおばさん(人に言われるとムカッと来るけど自分で言う分には平気)
が登場してしまう、という事になります。

その子達が言うには、この酷い状況の猫ちゃんと見かけてしまい、このままでは死んでしまう、と近くのホームセンターに段ボール箱とミルクとタオルを買いに行ったのだとか・・・。
自分たちが飼ってあげたり、獣医さんに連れていってあげたり、命を救うのではなく、又何処かの誰かに丸投げするために、再度捨てる、と。

「猫ちゃんを遺棄したら犯罪だからね。最後まできちんと責任もって面倒が見られないのであれば中途半端な手出ししてはいけないよ。」と言う私に、
電車通勤で今から電車で帰るところだから、私達ではどうしようもない、学童の真ん前に置いていいだろうか?ということで
「いいわけないでしょう?」という私、

ホント呆れてしまったのです。子供ではないのですから。

しかしながら、ではどうすれば良いのだろう?

私とて口で言うほど猫保護に長けている訳でも何でもなく、
時間が有り余っているわけでも、お金が有り余っているわけもではなく
家計の為、猫ちゃん達の為、必死に働く身で
仕事終わりで子供を迎えに来ており、今から夕飯を作らねばならない状況で、
家にはみずほ母ちゃんとやっと目が開く5匹の仔猫に、
どうしても保護したいピアノとなると・・・

この女の子達は無知なだけで、悪い子達ではないこともわかるし、ちょうど中学生の部活終わりの帰宅の子達にワラワラ囲まれ、引っ込みがつかない私、
とまあこんな大ピンチの時に、
なぜか無邪気なうちの当時7歳児が、ヒカリを抱き、なでなでし「大丈夫?お目々見えないの?」と訊いているではありませんか。

そっか、J(うちの子)は、いつもいつも私を見ている。
この子の未来に、こんな光景なんて残したくないのが本音です。
「猫ちゃんがああして道にいたこともあったね」ぐらいにひもじい猫ちゃんがいなくなっていますように。
私は、普通のしがないおばさんだけど、猫保護に長けてはいないけど、
こういう時のフットワークの軽さと馬力と決断力だけはあったはず!

私はす〜っと深呼吸をし、覚悟を決め「今回は私が保護するからね。連絡先だけ教えて。もうやめてね。」と一人の子の連絡先をきき、
「これはやばいな、助けられるのかな?」というくらいな状況のヒカリを車に乗せ
「J〜、お腹空いてるとこごめんね〜、猫の先生のところに行くね〜」と車を走らせました。

非常に苦しい決断でした、色んな意味で。
あの女の子たちの事は怒ってはいませんが、
やはり今でもどうなのだろうか?と心の中に黒い塊として残ってます。

自分があの子達の立場だったら、
あれくらい若かった頃は?同じ事をしたか?と考えても、「しなかった」とハッキリ言えるからです。
私も若かりし頃は、猫ちゃんが飼える環境にはいなかったけど、拾っては何が何でも獣医さんに走り、必死に里親さまを探しまくって頑張ったからです。
結果助けられなかった子に涙し、里親さまが決まったときは飛び上がって喜び、
今と比べたら荒かったにしても、やれる事はやってきた、という自負はあります。

私が恵まれた環境にいた?そんなことはありませんでした。家族に、友人に、職場に、期間限定で協力を仰ぎ、飼うことは出来なくても繋ぐまではしてきました。
当然、何かを犠牲にしました。時間やなけなしのお金や、親に平謝りしたり、と。
当時はデジカメではなく、写ルンですで写真を撮り、ポスターを作り獣医さんだけでなく、行きつけ?の本屋さんや駅前のお店、電信柱、に貼って、里親さまを探しました。
「元気になるまでだぞ!」と猫嫌いの父の罵声を浴びつつ、
「へへ〜」とひれ伏し・・・。

どうしても出来ないくらい若い頃(中高生の頃ですね)は泣く泣く見ないようにしてきました。獣医さんに連れて行くのは親になってしまうからです。
↑これが良い悪いは色んな意見があることと思いますが・・・

時間が経てば、あの子達も猛省する、と今は信じたいです。
それにはもう少し時間がやはり要るのでしょうね。

そして私、家にいる私のうちの猫たち、保護してるまだ懐かない猫たち、そしてみずほ母さん達、ピアノ、なると、つぶ胡の捕獲・・
お金は?時間は?置いておける場所は?と頭をグルグルしていました。
正直、崩れ落ちそうなくらい苦しかった、けど

もう仕方ないです。
あの女の子達はもう関係ないのだ、
私が見つけてしまった、私が最初にこのボロボロの仔猫を見つけてしまい手を差し伸べてしまった、と思うようにしました。これも運命です。

そして、私はコテンコテンに猫の先生に叱られます。わっはっは
「そんなもの、その子達にやらせれば良いんだよ。あんたが潰れたらあんたの猫たちはどうなるの?いい加減にしないと駄目だよ!」と。
はい、その通りです。自分で自分の首を絞めているのは、この私です。
どうしようもない駄目な人間は、実は私だったりします。
猫の先生は、私が潰れてしまわないように、いつもきつめなご意見を下さるだけで、目の前の患畜には精一杯の事をしてくれます。
私にはその口調でも、ヒカリには優しいです。
(本当は優しい人なんですよ!誤解されやすい人ではありますが)

しかしながら
その、先生はおっしゃる見て見ぬふりが出来たなら、どんなにか私の毎日は楽なことでしょう。もしかしたら先生も長年いろいろ見てきて、自分にも言い聞かせつつなのかも?と思うことがあります。
事実、「もう嫌だ」「もう駄目だ」と何度も思いました、この何年も。クチャクチャな家の中や空っぽなお財布、もらい手のつかない保護猫ちゃん、何よりもまだまだ手の掛かる人間の子の存在が苦しかったです。
「ごめんね〜」と謝りながら子育てするしかなくて、

どうして私は、「嫌」と言えないんだろう?
これで良かったんだろうか?と。
何度も危ないギリギリのところを通り抜けてます。楽々だったことは1度もないです。
今回の事だけではないんです。いつもいつも上手に人に頼る(言い換えれば丸投げする)人は悲しいですが、いるんです。

でも、人のせいにしても恨んでも時間がもったいないので仕方ないです。
私の限られた時間やパワーを、そんな輩のことで使うのが何とも不毛、と。
見る人が見れば、まだまだ甘いんでしょうが・・・(苦笑)


話があっちこっちしますが
猫の先生は、このボロボロの仔猫のことを出来ることはやってあげるけど
非常にやばいよ、覚悟しててね、とにかく温めてあげて、と言って手を尽くして下さいました。
くっついた目は、やるだけやってみるけど、ちょっと酷すぎるね、
片目だけでも希望はあるから!と言われました。

私は、この子の命が繋がりますように、この子に光が差しますように、と
「ヒカリ」と名付け、渾身の看病となります。

やはり非常にやばいヒカリちゃん
猫の先生は、助からない子にも助かる子にも人間には言葉を多くはかけません。ただただ無言で処置をして下さり、その表情から私は覚悟を決めるしかありません。
ヒカリは、レボリューションをしてもらっても、たかっているノミが逃げ出しませんでした。
こうやって猫ちゃんを保護する人は見たことがあると思いますが、
助けられなかった仔猫、亡くなった瞬間に虫が上ってきます。
ヒカリはもう亡くなる子と変わらないくらいに虫すら跳ね返す力も残っていませんでした。

これはやばい。
たとえ助からなくても、猫の先生の治療を受け(日本一という意味)温かい清潔なところで人の側で、天国に逝けるなら、それもそれかも知れない、と自分の言い聞かせました。


でも、奇跡ってあるんです。

少し希望が出ては、又危険な状態になり、としばらくは安心できない日々が続きましたが、ヒカリは助かりました。
生きたかったのですね。

誰が悪かった、正しかった、とかそんな理屈は
今となっては、ヒカリちゃんにとってみたらどうでも良いことなのかも知れません。
答えは出ませんね。
やるしかないです。
その中から人が少しでも学ぶことが出来れば、と自分に言い聞かせる私です。
あくまで自分の問題です。

ヒカリちゃんのその後は続きますよ〜

頑張るヒカリ









2016年7月17日日曜日

胡つぶを追い求めて・・・

ピアノ♂なると♀
兄妹揃って半田市に縁づきました〜!
ありがとうございました^^
表題と写真が違うじゃないか?!と思われるかも知れませんが、
そのうち繋がっていきます(^^ゞ

昨年の今頃、ちょうど暑くなってきた頃です。その頃にはまだ行方不明になった胡つぶの目撃情報がちらりほらりと頂けており、
私と夫、そして心優しい友人は交互だったり一緒だったり、蟹江や愛西市まで通う日々でした。
「なんとか見つかって欲しい」と思って下さっている方々があんなにいらっしゃるのだと涙を拭き拭き、通いました。

キジトラ柄のメスの子、というのは本当にたくさんいて、
実際会いにに行かせて頂き、「あ〜・・・残念ですが違います。本当にありがとうございました。」という事が続いておりました。
中には、胸が潰れそうになるくらい苦しい目撃情報もありました。
あえて書くまでもないですが、たとえそれが亡骸であったとしても会いに行くしかしかありません。
私がこの目でどんな形であっても胡つぶの姿を確認しない限りは終われないからです。

時間が経ってどんどん可能性が低くなっていっても、私がこの目で見て胡つぶを確認できない以上、「胡つぶは生きている」のです。

そんな中、私はこの自宅のすぐ近くで、胡つぶそっくりな猫、「つぶ胡(あとから命名、その時は胡つぶもどきちゃんと呼んでいました、苦笑)」に出会います。
自転車通勤の私、もうちょっとで家だというとき、近所の施設のホントに狭い通路から彼女と出くわし、キ〜〜〜ッと急ブレーキをかけたのでした。つんのめってひっくり返るかという勢いのブレーキングでした。

「胡つぶ!!!!」と叫ぶ私に、
猫は一瞥し、立ち止まりジッと見つめた上で立ち去って行きました。

「待って!行かないで!」と叫ぶ私
スタスタといなくなる猫、
手だけ差し伸べ立ち尽くす私を見つめる通行人の数名の方々・・・(^_^;

我が家から蟹江の現場まで距離にして10kmです。
大きな川を何本か渡ります。車では30分くらい、猫の足だとどれくらいかかるのでしょうか?
私も含めて、ほとんどの人が「あり得ない」と思いつつも
やはり私を含めた全ての人が、「いや、もしかして、絶対無理ではないかの知れない」と思ったのでした。

胡つぶが10kmも歩いて帰ってきた!

私は全身の毛穴が開き、胸がバクバクするような感じに襲われました。
そうだったら、そうだった良いのに!涙がポロポロこぼれました。
なんとか!早く帰ってきて、胡つぶ!と毎晩考えるだけで体が内面から裂けるような思いでいましたし
なんと言っても疲れて切っていました。

働いて、家事育児をし、猫の下僕をさせて頂いた上の
目撃情報を頂く度に胡つぶに会いに飛んでいく生活でした。

そして又々しばらく、件の胡つぶに似た子には会えない日々が続きます。
は〜っと溜め息をついていたらば、あっと言う間に計7匹の仔猫を保護した夏でありました。
すさまじく又疲れる事になるのですが、頭の片隅にはその子の事がいつもあり
「私、胡つぶに会いた過ぎて、幻想を見たのかしら?」と思ったモノでした。

そして

胡つぶそっくりなつぶ胡
なんとお隣の家の庭・・・
又、私は彼女に出会います。季節も変わった頃でした。
黒が目立つキジトラ、小柄、歩き方、シッポの感じ、とても似ていました。

「胡つぶ!胡つぶだよね?!」とまた話しかける私に振り返る彼女
ジッとこちらを見つめる彼女に
「やっぱり胡つぶだよね!?」と話しかける私、
冷静に考えれば、
相手は猫なので、「そうだよ」というわけもないのですが、人間って(私だけかも)底が浅いのでこういった場面ではホントにこんな感じになっちゃうものなのです。

又、あの子に会ったよ!胡つぶだったりしないかな?と夫や友人に語る私、
心のどこかでは、まさかね、そんなテレビで観たようなすごい事が私と胡つぶに起こるなんて、と心に過度な期待を持たせないようにブレーキをかけつつ、
それでも興奮は収まりませんでした。

そして、またまたパッタリ会えません。
早く!早く確認したいけれど、私にも生活があり、仕事があり、24時間ここら辺をさまよって彼女を探すわけにはいきません。
私は、胡つぶの行方不明のポスターをこの近辺にもポスティングしようか?と迷いました。
でも、蟹江でいなくなった子がここへ帰ってくるなんて夢のような話の為に
ご近所の人々に協力をお願いするのもどうなんだろう?
いやいやそんな事はいっておられない、お願いしよう!と決めた時

また彼女の出会いました。
空気の入れ換えをしようと開けた窓の向こうに彼女はいたんです、お隣の庭に!

ひえ〜!!

ビックリ・・・意外にも近くに潜伏していた胡つぶもどきちゃん。
近くで見る彼女は、
目が少し猫風邪のせいか、開きにくくなっていました。胡つぶのつぶらな瞳とは少し違ってきていました。
長い時間、放浪していたからか少しほこりっぽいような、少し茶色が目立つような・・
「間違いない!胡つぶだね!」とは霊感・第六感の強めの私にも思えませんでした。

が!胡つぶであって欲しい気持ちが強すぎ、猫の会のOさんに
「猫って放浪の末に風貌が変わったり、色落ちしたりしませんかね?」と聞いてみたりして・・
誰かに「あるよね、そういうこと、胡つぶちゃんかも知れないね、可能性はあるよね?」といって欲しくて・・・。
思い出してもあの頃の自分の心中を思い返すと不憫で苦しくなります。

早速私は、捕獲器をお借りし、自分ちの縁側に置き餌を始めます。
ここから私と胡つぶは始まったのですから、胡つぶであればここに来るはず!
彼女は、やってきました。
10日に1度の感じで我が家の縁側に来る彼女、どこでご飯をもらっているのやら?
会えないと2〜3週間会えませんでした。

そして、この頭の良い胡つぶもどきちゃんは、捕獲器にはさっぱり入ってくれませんでした(-。-;)やれやれ・・・
この頭の良さ、この食えない感じ、ホッソラした体型で妊娠もしていない感じ、
やはり胡つぶでは?と期待を膨らます私です。

胡つぶは避妊手術は当然してありますが、大切に家猫修行を重ねた後に里親さまにつなぐつもりの子でしたので、耳カットはしてませんでした。
もうすぐいなくなって1年経とうという胡つぶの記憶・・・
私の第六感がピンと来ない限り、この子が胡つぶであることを証明・確認するには、この子のお腹を開くしか方法はありません。

そしてお腹を開いて子宮があれば、胡つぶではないことも確定するのです。
私の中では、ずっと捕まらずに何も確定出来ないまま、あやふやなまま、
ずっとずっと「この子は胡つぶだわ、今日も元気だわ」と思いつつ暮らしてしていくのもありかも知れない、と悪魔が囁いていました。

しかしながら
胡つぶでないことがわかったとしても、ノラ猫さんに置き餌をした以上は、私はこの子を幸せにする責任が生じてます。捕獲あるのみなのです。

そして、又少し時間が経った時、
彼女をみて私は両膝を床につき、愕然としてしまいます。

お腹がおっきいじゃないか!!

彼女はお腹に赤ちゃんがいました、避妊手術はされていない本物のノラさんでした。
胡つぶではなかった・・・・

涙も出ませんでした。
心の何処かではわかっていたのだろうと思います。あの胡つぶに本当に会えた時、
やはり私の第六感が間違いなく「この子だ!」と確信するのだと思われます。
そうでは、なかった。
この子ではなかったのだ・・・

私は大きく深呼吸をして、窓越しに彼女に言いました。窓を開ければ脱兎の如く逃げてしまう彼女に
「必ず仔猫ごと私に保護されなさいね」。

それから2ヶ月あまり姿を見せなかった彼女が、やっと可愛らしい仔猫を2匹引き連れて我が家の縁側にやって来たのです。
「約束は守ったで〜」(なぜか関西弁)とでも言わんばっかりに(苦笑)。
その2匹がピアノとなるとになります。

うちの2Fのベランダからすごい望遠でパチリ
これを1Fから見ると見事に草で見えない仕組みになってます・・
寒い日も大雨の日もありました。どこでどうやって産んで、誰にご飯をもらい生き抜き、育てあげたのでしょうか。
ノラ猫さんの生態は謎だらけです。かないません。

これもすごい望遠。傍らにはなるとちゃん

でもって捕獲しかないのであります。
我が家には既に保護仔猫ちゃんが5匹プラスみずほちゃん・・・(^◇^;)フフフ・・
でもやります。
そして又、お母さんに習ってか、なっかなか捕獲器に入らないおりこうな仔猫2匹でありました。
そうこうしているうちに、ヒカリちゃんを保護してしまう私。
「苦しいぞい」とは思いつつ、
胡つぶに誓って私はこの母子に背を向けるなんて事は出来るわけがありません。

そして、仔猫2匹を先に保護!

は〜長かった・・・(T_T)

こんな固形が食べられるくらいにまで育て上げたのね。
すごいな〜と思います、毎回毎回です。

そこからは早いです。
意外にもフーもシャーもなく、すぐに懐いて撫でられる仔猫2匹。

保護→受診→家猫修行チョッピリ→譲渡会にも参加→里親さまへ

とあっと言う間の出来事でした。
本当に可愛らしいこの2匹、私がこのお母さん猫に胡つぶを重ねなければ、たぶん違う場所で生まれ育ち、ノラとして生き(生きることが出来ればの話ですが)出会うこともなかったこの子達、
半田市の素敵な女性の所にお届けさせてもらえて、私は幸せ者です。

もうすっかり里親さまにも心許しスクスク育つ2匹です。
ありがとうございました〜

胡つぶちゃん、何処かでテレパシーで感じてくれてるでしょうか?
私はこの場所で、変わらず、「猫のこと」にかまけてますよ。あなたに又会えるまで諦めてないですからね。


さてさてこの2匹ちゃんのお母さんであります「つぶ胡」と命名されたノラ猫さんがどうしているかと言いますと
とうとう私に捕獲されまして、避妊手術の後にうちの網戸をぶち破って逃走・・・

「仔猫を返せ!」と再び我が家に入り、「しまった!」と気づき又もた網戸をぶち破り逃走・・・毎日縁側にご飯を食べにきとります・・。
網戸を直している暇もないという(>_<)ゞ

我が家に再び余力が出来た頃、彼女は又捕獲されるでしょう。ふっふっふ
待っておれよ、っと。

そして・・・
段ボールに入れられ遺棄されかけたヒカリちゃん里親募集中です!
よろしくおねがいいたします〜
ペットのおうち

千客万来の我が家です。頑張ります〜